2021-01-28

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その4

https://anond.hatelabo.jp/20210127120151

ひょっとすると、私は田舎リアル地方リアル首都リアル海外リアルをすべて知ったことになるのかもしれない。

海外といっても、私はイーストマンのような超名門校出身ではない。

それでも、海外の卓越教授まで目の前にした田舎者は、私の世代最後だろう。これから世代だと、田舎出身は卓越の付かない教授を目の前にするので精いっぱいだ。

話が長くなったが、テクノを教えてもらった高校時代ではなくて、中学時代の話である

昭和期の田舎中学校では珍しくないのだが、鍵盤のはげたピアノというのがあった。

おそらく公立動物園に住まう動物の誰かがやったのだろう。はげた鍵盤は、治らないままだった。

そのピアノはついに、ペダルダンパーも解放されてしまい、「第1ペダルが踏みっぱなしの状態」が維持されてしまっていた。

生徒数が増えてしまったので、音楽室が三つになっていた。

三つといっても、一つ目は新品のピアノCDシステム二つ目作曲家額縁があってもCDシステムゼロ、三つめはただの教室であった。

その三つ目で授業を受けたときの話である

授業が終わった直後だったか休み時間だったかに、私はペダルダンパーの解放されたピアノで、思いっきドビュッシーの『西風の見たもの』を弾いた。

27ページくらいの箇所はものすごい大音量になったのを、今でも思い出す。

私がもしも首都に住んでいたら、トリスタン・ミュライユの『忘却領土』でもやればさぞかし盛り上がったんだろうと思うが、田舎ぼんくら中学生がミュライユという名前作曲家を知っているわけがなかった。

ドビュッシー自分の手には弾きやすかったので、中学時代はよく弾いた思い出が残っている。

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