突然ですが皆様、昨年末から続くコロナ禍の中、マスクはしていますか?
昨今のコロナ禍での世界の感染者数は6295万人、死者146万人という生きているうちに一度お目にかかれるか否かのパンデミックですね。
おそらくこのコロナウィルスは一生消滅することはなく、流行と収束を繰り返しながら人類の体の中で徐々に抗体が出来上がりいつしか死ぬほどの病気ではなくなるのではないでしょう。例えば現在のインフルエンザのように100年後は流行期に予防接種をする程度で死のリスクを避けられる病になるのだと思います。
まぁ、私は医学者でもなければ研究者でもないただの一般人なので、有識者は「違う!」とおっしゃるかも知れませんが、今回のエントリでそこは重要ではありません。
皆様マスクはしていますか?街を歩いて交通機関を利用すれば、皆一様にマスクをしております。
マスクをせず外に出歩いたせいでトラブルになった事例もよく聞きます。
ですが、この記事の筆者はコロナが流行してから今の今まで一度もマスクをしたことがありません。
いや、一度もは大袈裟ですね。ポージングとしてコロナの予防をしている体が必要な場面、例えば仕事で会社に出社する時は上司などへの体面を保つため会社に入る直前だけマスクをします。それ以外の地下鉄などの公共交通機関を利用する時などは一切マスクをつけておりません。そのせいで周囲の人から避けられたり、通りすがりに「マスクしろよ」と吐き捨てられたこともあります。しかし私は極力マスクを“しない”様に心がけています。それはなぜか。
よくある理由としては、煩わしいからとかマスクに予防の効果がないとか。
正当な理由では健康上の理由で物理的にマスクができない人などもいる様です。
変わったところでは宗教上?信じている人が「コロナはただの風邪」と言ったからとかでしょうか。
思い返せばここ10年ほど、ずっと病気や不慮の事故による「死」を毎日祈りながら生きてきました。
にもかかわらず健康に生きたらまだ50年以上人生が残っているのです。
これはなかなか辛い道のりです。この人生の苦行を後50年続けなければいけないのです。
しかしながら私の中で自殺という手法は最後の手段です。その手段もないわけではありませんが、私の最も理想の死に方は30代のうちに病死か不慮の事故により死亡することです。
なぜなら、病死や事故死といった死に方なら身内や周囲の人間も「避けられない運命だった」と諦念を持ってくれますが、自殺となると少し具合が違うからです。だって自殺者の周囲の人たちは当事者の死後、「なぜ死を選んだのか?」「死ぬ前に誰かに相談できなかったのか?」その様な考えから私の自殺理由を“墓あばき”よろしく、詳にして開陳しようとするでしょう。死ぬまで抱えてきた思いを、死んだ後に晒されて慰めの道具にされるなんてたまったものではありません。
その様な理由から、死ぬなら病死か事故死がベストだと考えています。
だから、私はこのコロナ禍というパンデミックを病気で死ぬための絶好の機会だと捉え、大気中のコロナウィルスを肺に取り込むことを目的にマスクをせずに今日も街を出歩くのです。
コロナ禍でマスクをしないことに憤慨する皆様。どうぞ石を投げてください。たとえ見ず知らずのあなた方に石を投げられても私は明日も明後日もその先もマスクを“しない”ことをやめません。だってマスクをしてない私を救ってくれるのはそれに憤慨するあなた方ではなく、今まさに蔓延っているコロナウィルスなのですから。
若くて健康なら、あんまり死なないんじゃない?
肺炎で死ぬの苦しそう 助かっても一生障害持ちとか嫌だ
もし感染したら暴力団の本部事務所とかにクシャミ連発しながら突入してくれ。
うまいこと新型コロナが発症したとして、それによって死ぬ可能性より その後50年間後遺症をかかえて生きねばならなくなる可能性のほうがよっぽど高いんだが、そこはいいのか?
知ってて書いてるんだろうけど、 マスクをしろっていうのは、拡散させないための事であって、 マスクをすることによって感染を防ぐためではない。 まあ1%も予防の役に立たないのか...
しゃぶれよ