2020-11-25

九年ぶりにハルヒ新刊が出た。

九年前といえば私も小説の中の彼らと同じくまだ高校生だった。

コロナ生来の出不精がひどくなり、テレワークもあって1Kのウサギ小屋から一週間外に出ないようなことも最近では珍しくなかったが、発売のニュースを聞いてどうしても物理書籍で欲しくなり、仕事そっちのけで久しぶりに外に本を買いに出た。

いや、正確にはそれだけではなく、友人に会いに行く予定もあった。かの人物と会うのも何の因果高校生ぶりである

本屋に併設された待ち合わせのカフェで、カバーを付けてもらった本のあとがきから読んでいると、後ろから声がかかった。

スポーティーな出で立ちの、悪く言えばそんなに服装に気を使っていない、友人が右手を挙げて立っていた。なんでも今日たまたま休みだったという。

久々の生身の人間との会話で、もともと話すのも得意ではないこともあり会うまで少々緊張気味ではあったが、実際話してみるとお互い会っていない期間の思い出を埋めるようにどんどん話がわいてきた。

友人は最近会社の転勤で東京に来たこと、結婚しており半年後には子供が生まれる予定であること、新しい部署上司の評判は良くないがやりたい仕事ができてうれしいといったことなど一通り面白く語ってくれた。

私が、ここ半年ほどは近所のコンビニとの往復が生活のすべてであること、仕事でもコミュニケーションほとんどチャットメインで人と会うこともなく快適であるといったような旨のことを一通りのたまうと、友人は「君らしいね」と言い笑い、私もつられて笑ってしまった。

九年間という年月を経て所属する組織もおかれた境遇もお互いに全く別物となったが、思えば同じ高校に通っていたこから片鱗はあったといえる。

方やサッカー部同級生にも友達は多いタイプ、方や昼ごはんになると1人旧校舎の囲碁部部室で一人でご飯を食べるのが日課のような、お1人タイプである。もちろん後者が私だ。

出会ったのも、私が放課後囲碁部に入部しようと部室を覗いたが誰もおらず途方に暮れていた時に、後ろから将棋やろう」と声をかけられたこから始まった。後からわかった話だが、弱小文化部の例に漏れず当時の囲碁部は三年の幽霊部員が二人だけおり、ほとんど廃部状態だった。

結局卒業するまで実質部員は友人含めて二人しかいなかったが、せっかくだから囲碁大会団体戦も出ようよと、友人はつてを使ってサッカー部軽音楽部、文芸部などから囲碁が打てる人材をかき集め、5人の団体戦に出場したこともあった。なつかしい。

私だけ大学が県外であったこと、高校生にもなって私がケータイ電話も持っていなかったこと、私があまり筆まめでないことなから今日まで一通のメールすら互いに連絡がなかった。もちろん成人式にも同窓会にも出ていない。 友人はどこからか私が東京に住んでいることを聞きつけ、親から連絡先をおしえてもらったのだという。そういえば教えてなかったな。

次はそんなことが無いようにと LINE を交換した。久しぶりにアプリを起動したらクロネコヤマトからメッセージけがたくさん来ていた。

趣味全然違うし相手には家族もいるし、同じ東京とはいえ結構離れていたから、これからもそんなに頻繁に連絡をとりあうようなことは無いだろう。

冷めたコーヒーを一気に飲み干し、お互いに反対の駅へ向かう別れ際、思ってもみず自然と口から言葉が出ていた。

「 またいつか。」

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