2020-11-17

ベンチャーから日本大企業転職して3年経った

とある日本大企業転職して3年経った。この3年、失望し続けることばかりでつらくなってきたので、ガス抜きにここに書こうと思う。

私は以前、とあるメガベンチャーに勤めていた。仕事ハードであったが、充実していた。結婚子供が生まれ育児しながら仕事をしていくのは少し難しかったため、業務時間が短く、保証も充実している日本大企業転職することにした。

大企業仕事はお遊びだった。偉い人のお気持ちをまとめて、要件らしい何かを書き、それをベンダーに丸投げする。仕様書も、テストケースも、負荷試験も、自分たちでは何も理解していなかった。ベンダーから成果物を、何も理解せず、検証もせずに受け入れていた。当然いくつかのプロジェクト最後になって破綻し、すべての責任ベンダーに投げていた。

私は以前の会社で、すべてを実施していた。そのため、それらをそれなりにこなせる私は重宝された。私は入社して数ヶ月でプロジェクトリーダーになり、そのプロジェクト成功させた。私が最初にいた企業では当たり前水準を満たさないようなものだったが、それでもこの企業では大きな成果だった。それ以降、数日おきに偉い人が自分の持っているプロジェクトについて意見を聞きに来るようになった。

私が彼らに話したのはシンプルな話だった。有名なマネジメントの本をよく読み、その知識を元にベンダーとよく話し、彼らの言葉をしっかりと理解し、無用な負荷を与えないように最も重要課題にのフォーカスできる環境を整える。本に書いてあることをちゃん実践する。それだけだ。それだけのことが、驚くほど彼らには伝わらなかった。最初プロジェクト相談だけだったのが、計画書、仕様書テストケース作成仕事が回ってくるようになった。倍以上の年齢の人が仕事を渡してくるのだ。当時20代の私はうまく断ることができなかった。平日は深夜まで働き、休日も多くを仕事に費やして、なんとか回るような状態だった。

そして気がつけば、2つのプロジェクトリーダーとなり、3つのプロジェクトアドバイザーになっていた。だが当時20代の私は、肩書のない平社員のままだった。平社員の私が私よりも数段上の役職人間に、彼らのプライドを最大限守りながら業務指示を出していた。

アドバイザーとしての仕事は、偉い人の非現実的妄想を聞いて、それを現実的な着地点に収める計画書を作るといったものだ。偉い人は自分で依頼した仕事について、何も理解していない。そのため、ベンダーから成果物も私が検品し、何も勉強していない足りない頭でも理解できるように解説して渡した。仕様書通りの成果物ベンダーから提供されたときも、偉い人間が癇癪を起こし、やり直しになることもあった。

この大企業は、若者たちの多くが優秀だった。みな学習意欲が旺盛で、プライベートでは様々なプログラミング言語クラウドについて学習し、今の仕事に取り込むために知恵を振り絞っていた。若者達は多くを学んでいるため、上の人間の間違いによく気づき、それとなく指摘した。上の人間知識では勝てないので、怒りの感情でそれに対処した。若者達は今の仕事で実績を作ったあと、AmazonGoogle転職していった。残されたのは、学習する習慣の無い、高学歴で、間違いを指摘するような精神性を持たない者達だけだった。

この企業年功序列であり、優秀な人は見切りをつけて退職していく。そして、学習意欲のない、無能で、間違いを指摘しようとしない人間のみが残る。そして残った無能人間が偉くなっていく。きっとこれを止める手立ては何もない。これが3年間の間に私が認識した、日本が誇るとある大企業の現状だ。

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