2020-08-15

小説評論から実用文にシフトする国語教育」というデマについて

 こういう内容の記事への反応ツイートされ続けている。

 「高校文学勉強をせずに、もっぱら実用文に重きを置いた教育をすることになった」という記事だ。

「本が読めない人」を育てる日本、2022年度から始まる衝撃の国語教育 | 教育現場は困ってる | ダイヤモンド・オンライン

 あまりにも間違いが多いので、どこかでデマとして中和されるだろうと思っていたが、一向に中和されず、インフルエンサーまでツイートしはじめる始末なので、無駄かもしれないが、間違いを指摘しておきたい(一部については、心ある人の指摘によって途中で記事修正されている。ありがとうありがとう。)

 デマ対処するのは面倒だが、整理しつつ述べていきたい。なお、この文章は今回の改訂方針に賛成・反対という立場を採らずに書く。

大学入試で「実用文」だけが出題されるようになるわけではない

 「2021年から大学入学共通テスト」が実施され、それに合わせて高校国語改革も行われることになった。」と書いてある。これはその通り。そして、モデル問題として、「国語に関しては、生徒会規約自治体広報駐車場契約書が問題文として出題された」と書いてある。これもその通り。

 しかし、既存の「小説(詩)」や「評論」が出題されなくなるわけではない。このことを書いていないことが悪質だ。モデル問題は、記述式がなくなったため、参考になりにくくなっているが、ちゃんモデル問題のものを見てほしい。思ったものと違うはずだ。

https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00035513.pdf&n=02-01_%E5%95%8F%E9%A1%8C%E5%86%8A%E5%AD%90_%E5%9B%BD%E8%AA%9E.pdf

 「実用文」は確かに出題されるようになる。だが、それだけを出題するわけではない。古文漢文も出る。

論理国語」は「実用文中心」ではない

必修科目と選択科目のこと

 ここからが少しややこしい。高校国語には「必修科目」と「選択科目」がある。

 必修科目は主に1年生で学ぶことになる科目だ。これには、「現代国語評論文や実用文)」「言語文化小説古典)」の2つがある。これはどちらも学ぶわけだ。科目を2つに割ることはどうなのか、という議論はあるが、「小説」が消えるわけじゃない。

 記事の中で書かれているのは、2年生以降で学ぶことになる選択科目だ。これには4科目ある。

 「論理国語」:実用文や評論文 論理的に書いたり話したり聞いたりすることも学ぶ

 「文学国語」:小説や詩 小説や詩を読んだり書いたりすることを学ぶ 創作楽しみだ

 「国語表現」:主にコミュニケーション中心の科目。レポートを書いたり、スピーチをしたり、ディスカッションしたりを学ぶ

 「古典探究」:古典 古典を読んだり、古典について探究的な学習を行ったりする。古典現代言葉比較して変遷を調べたりもする

 中身は大ざっぱに書いている。くわしくは学習指導要領を読んでくれ。

 で、この4科目から、おそらく「2科目」(多いところは「3科目」)選ばれるだろう、というのが今の目算だ。

 いわゆる進学校だと、入試を考えると外しにくいのが「論理国語」。これは記事にも書いてある通り。もうひとつは「古典探究」が確かに有力だろう。だが、「文学国語」が選ばれる可能性もそれなりにはある。

 そもそも元になっている記事は「古典」にまったく触れていない。「古典」にはかなりの部分文学が含まれるのだから、「文学勉強をしない」は嘘っぱちだ(古典文学よりも近代現代文学大事だ、という主張ならばできる)。

論理国語」は実用文だけを学ぶ科目じゃない

 さて、肝心の「論理国語」だが、記事ではあたかも「実用文」の科目であり、「駐車場契約書、レポート統計グラフ、取扱説明書」を学ぶかのように読めるが、これだけではない。

 対象になっているのは、「論理的な文章(論説文や解説文,社会生活に関する意見文や批評文等)」と「実用的な文章法令文・記録文・報告文,宣伝文等)」だ。記事では前者についてほとんど言及していない。そして、このどちらも単純に理解できるようにするんじゃなくて、散々言われてきたように「批判的に」読めるようにすることをねらっているものだ。

 記事に書いてある「実用しか読まない非教養人」を育てることになる、という指摘はミスリードだ。そして、こういう記事ミスリードされない人間を育てようとしているのが、今回の改訂だと言ってもいい。とはいえ、専門外の文章批判的に読むことが難しいことは、今回のことでもよくわかっただろう。

 今回の改訂には問題も色々ある。だが、不確かな情報議論したところで得るものは少ない。

 とりあえず、ダイヤモンドオンラインの書くことを真に受けて、「これでは日本崩壊する!」とか叫ぶのはやめてほしい。「本当かな?」と思って調べる一歩を大切にしよう。

追記

 ブックマーク数15は超えて安心したが、デマに対するワクチンにはなりそうになくて残念だ。

 とにかく、教育に関する議論は「自分が受けた教育」をベースに話す人が多いが、それには注意しよう。今のコンピューターのことを話すときに、WindowsXP経験をもとに話されても困るだろう(これは比喩)。教育も同じことで、少なくとも10単位教育はかなり変わる。教科書も変わる。確かに高校は変化がにぶい。だが、小学校中学校は大きく変わっている。もちろん、「変わる」ことがいいことだとは限らない。

 現状に問題がないわけでは全然ないが、自分が「いつの問題」のことを話しているか意識して話さないと、互いの話は食い違い続ける。

追記2

 こういうご指摘をはてなブックマークでいただいた。ありがとう

myogab

 反論の組み方が藁人形論法ぽくて、元記事の筆者もそんな極論だけを吹聴する気はないだろうよ…って感想。誤解が広まってるなら訂正は要るだろうが、論点逸らしをしてるなら逆効果だろな。

 藁人形論法のつもりはなかったのだけど、冗長になると思ってあまり引用しなかったせいかもしれない。できれば元の記事を読んでみてほしい。論点は色々あるが、この記事では論点を示すことが目的ではなかったので触れなかった。触れた方が盛り上がるのかもしれないけど。

 で、誤解なのだが、わりと広がりつつあって頭が痛い。Twitterでは、「#国語教科書小説廃止に抗議します」というハッシュタグがある。だから廃止しないんだって

 今日町山智浩さんが「国は国語教育から文学より実用文を重視する方針ということですが、それでいったい誰が国語教師になるというのでしょう?」と元の記事引用してツイートしてた。読書猿の人も(おそらく好意的に)次のツイートリツイートしてる。

hhasegawa

 文学中心ではない国語教育を、というのは実はわからぬでもないものの、そこで持ち出される「実用文」が「生徒会規約自治体広報駐車場契約書」なのがいかがわしい。文学以外の文章といえばそれしかないの?

 小説文芸評論ではないテクストがすなわち規約広報契約書ではないわけで、例えば論説記事でも歴史叙述でも新書のような学術的概説でもそれに該当し、どれも相応に「実用的」なのである。要するに、「論理国語」で真に排除されかかっているのは文学ではなく、「テーゼのある文章一般ではないか

 https://twitter.com/hhasegawa/status/1293668438880038912

 「論理的な文章」に「論説文」が入ってるんだから、「テーゼのある文章」が排除されるわけがない。これも、元の記事があたかも「実用文」だけを学ぶ科目であるかのように書いたことが原因だろう。このツイートをした人は、数日後に次のようにツイートしてる。

 一応、「論理国語」教材に「新書新聞社説などで取り上げられる様々な分野の学術的な学習の基礎的な課題に対して、論点が明確になるようなもの」も挙げられてはいた。が、ここまで「実用志向だと、この「論理的な文章」の内実もどうなることやら。

 その心配はたぶんないよ、と言いたい。これまでの傾向から完全に変える冒険教科書会社はできない。これは良くも悪くも歴史証明している(いや、悪いのだが)。冒険をする教科書は売れない。

 このあたりの人は、いわゆる「一般の人」よりはリテラシーがあると思う。が、それでも不確かな記事をもとに不確かなことを言ってしまう。これはまあそういうもんだよな、と思うんだけど、燃え広がりつつあると真顔で「それはちがうよ」と言うしかない。

  • んー、いい記事だけど突っ込みどころがなさそうなのでブクマ15users

  • すげぇ偶然。同じ日に同じテーマのブログが見れるとは。 「論理国語」は「本が読めない人」を育てるのか? https://ozean-schloss.hatenadiary.org/entry/2020/08/15/182549

  • そもそも教養のない人は実用文すらまともに読解できないことが多いので、まずは実用文を読解できるようになることが先なのではと思っている。 実用文が読解できないのに文学的表現...

    • 「実用文」理解に必要なのは論理的思考力であるが、最低限度の論理的思考力を大多数の人間が備えた時代・地域など、人類社会にかつて存在したことがあるのかどうか疑問ではある。 ...

  • 日本の誇る高学歴者が国会でどんな議論をしているのか見れば、国語教育の無意味さがわかる 理屈で正しいことなどより、権力で押し切れるか否かのが百倍大切だ

  • もともと小説とも評論とも言えない「実用文」としか言えない文章って教科書や入試にあったよねぇ・・・? って思ってたから記事には疑問しかなかったわ。 増田のおかげではっきり理...

記事への反応(ブックマークコメント)

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