周囲からの「まだ結婚しないのか」みたいなクソ圧力って、ゴミカスどもの意味無いクソボケ妄言って思ってても効いてたんだな。一回ブチギレて、ごくごくまれに恐る恐る言ってくる脳の代わりにウンコが詰まってるタイプのド腐れ無能以外言ってこなくなったのに、それでも意外と効いてた。
最近は「コロナ禍で無理」って一言で命があること以外なんの取り柄もない低俗共を黙らせられるから、本当に楽。新コロもうちょっと続いてくれ、そしたら「適齢期をコロナ禍で潰された哀れな独身」っていう被害者の皮かぶれるから。
それくらいの通信帯域の頃なら圧縮率と音質のバランスを取るために聞き分けながらエンコード試行錯誤してたもんだけど
類義語として『雨垂れ石を穿つ』があるが、パワハラとはまさにこれだ。
突然死ねと言われても「は?テメーが死ね」と跳ねのけられる力が人にはある。
パワハラは最後の一撃に宿ると言わんばかりの風潮には吐き気がする。
パワハラとは、日々積み重ねられる心労により心を壊すことだ。
あれ、もともとは芸能人がロケしてたからマスクしてただけなんだけどな。さすがにヒゲまみれのおっさんの正体をみられたくない。握手会の時はそるんだけど職場のそばはノーマークだった
32Kbpsと320Kbps
統計的な手法になってから、よくわからなかったときの当てずっぽうがおかしな結果になるようになったよな。
特に短い文章や単語の翻訳は文脈の情報が少ないので起こりやすいように思う。
例えば「かめくじ」という知らない単語を聞いたときに人によってはくじの一種と思うかもしれないし、別の人は亀とナメクジが組み合わさった何かを想像するかもしれない。
あれ砂糖入ってないと思ってた ガーン
mp3の128kbpsと320kbpsの聴き分けとか、CD音源とハイレゾの違いとかを一生懸命聴き分けようとしてる人
冷静に考えて、そんなもん意味が無いと気付かないのだろうか……