「人は楽しいから差別する」との言説を読んだ
ネトウヨ高齢者の中韓差別などは確かに愉悦的差別の典型だと思う
だが差別の中には「恐怖」が原動力なものがある
・水俣病の被害者・地域への差別
・「団地の子と遊んではいけない」という差別
・男性保育士への差別
・コロナ禍での医療従事者への差別
・トランス女性へのトイレ更衣室利用拒否という差別
これらは「病気に感染すること」「犯罪に巻き込まれること」への恐怖が原因であり差別者は被差別者を「脅威」と感じている
だから差別者を「○○を見下すのが楽しいから差別するんだろう、道徳的に間違っている」と押さえつけても全く響かず隠れた差別になるだけだ
恐怖による差別は、教育によって偏見をなくすこと、感染や犯罪を防ぐシステムを作ることなどが有効だと思う
それでも感染症や犯罪への恐怖自体がなくなるわけではないから
ある集団を脅威とみなす類いの差別は色々な形で発生し続けると思う
Permalink | 記事への反応(1) | 19:44
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むしろ楽しさや優越感の差別は解決しやすくて、恐怖による差別が解決しにくいんだよ。 アメリカでの黒人差別も、黒人は差別されている、黒人は貧しい、貧しい人は犯罪を犯す、怖い...