2020-06-20

精神的に安定している」と言われる自分の話

私は「精神的に安定している」と言われることが多いので、自分がなぜそうなったかの経緯を書いてみたいと思う(精神的に安定している人がそんなこと書きたがるのかというツッコミもあるかもしれないがご了承いただきたい)。

まず、自分のなかでの「精神的に安定」の定義を述べておきたい。

精神的に安定」するために必要なことのひとつは、「他人に期待しないこと」である

他人に期待しないこと」は、「自分で何とかする」ことである

ここで言う「自分で何とかする」対象は、感情であれ、または仕事業務などである

ただ、仕事業務などにおいて「自分で何とかする」ことは、全部自分一人でやるという意味ではなく、自分から他者に働きかけて分担をしてもらったりなど、他者から察してもらうのを待つのでなく、自分能動的に動くという意味である

前置きが長くなったが、ここから私がどのように「他人に期待しない」ようになったのかを記していく。

私は10代のころにある病気を患った。その病気は原因不明治療薬なども少ない。

そして、その病気の一番の問題点は、人に迷惑をかけてしまうことだ。もっと言えば、人を不快にする病気だ。

人を不快にするということは、人から好感情をもたれない。嫌われたり、引かれることが多い。

そのため、病気が原因でいじめられたり、バカにされたりすることになった。

それはとてもつらい経験だった。

自分でも病気を治したいのに治らない。しかもその病気が原因でいじめられる。

毎日なんで自分がこんなつらい思いをしなければならないのだろうと考えた。

自分いじめてくる人に、自分と同じ病気を味わせてやりたいという下衆なことまで思った。

あるとき半年間ほど体が痛すぎてベッドから起きられない期間が続いた。

寝ているとき以外痛みがあるので、寝ているときが一番幸せだった。

とりあえず、起きてるときは痛くてなにもできないので、内省をするようになった。

この内省が「他人に期待しないこと」にとって重要だった。

自分はこれまでなぜ他人自分のことを理解してくれないかかばかり考えていた。

自分気持ちばかりに焦点がいって、他者視点が抜け落ちていた。

他者からすれば、病気という事情であれ、不快にさせられるのはたまったものではない。

他者気持ちを考えるようになったのである

他者気持ちを考えることは、ふたつの視点を私にもたらした。

ひとつは、「自分で何とかする」ことである他者気持ちはどうすることもできないので、自分がつらい対応をとられたときに、自分でそれをどう変えたり、自分感情をどう整理するかを考えた。

そのために自律訓練法マインドフルネスを学び、自分感情を「自分で何とかする」ようにできた。

もうひとつは、他者のために動けるようになったこである。その場その場で、この人はいまどういう感情なのかな、つらいのかな、もしつらいなら自分はどう行動してあげればこの他者を助けられるかなと、思惟を巡らせるようになった。

私は持病によって、「自分で何とかする」ことや他者のために動くことを学び、それが「他人に期待しないこと」、結果的に「精神的に安定している」(と思われている)状態をもたらすことになった。

ただ、「他人に期待しないこと」のデメリット?は、恋愛感情が湧きにくいことである

自分で何とかする」ために付き合う動機や意義が見つからない(病気が完治していないのでデートなどをしたいという気が起こらないのもある)。

なので、生まれ変わったら健康な体に生まれてそうした感情体験してみたいとちょっと思ったりもしている。

ただ、病気になったこ人生は後悔してないし様々なことを学べたのでこの病気には感謝しかない。

  • アトピーかな

    • 絶え間なく屁が出てしまう病気とみた。 屁のしすぎで尻穴が痛いのだ。

  • 私よよ精神的に安定してるとよく言われる。 朝ごはんを食べたあとに妖精さんにも言われるし、 学食に出てくる小さいおっさんからも言われるし、 夜窓から除いてぐる麦わら帽子の女...

  • 最近他人に期待しないのが当たり前じゃないと気付いた みんなそうしてるもんだと思ってたよ

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