2020-05-28

人間の中身の無さとは何なのか

「中身が無い」とか「中身がある」とか巷でよく言われるけれど、何となく使っていてそれはどういうことなんだろうと思った。感覚的に中身のある人や中身のない人は分かる気がするけど、本当にその人がそうなのかと言われればまた微妙だし、自分自身も正直よく分からない。

ここで中身の有無はどんな感じか考えてみる。ただの自分解釈ではあるんだけども。

人生経験が少ない=中身無さそう?

経験したこと絶対数が少ないから、経験の数がある人に相対的に引き出しの数で負けるから中身が無い感じがする。

知識が無い=中身無さそう?

色々な考えが自分の中にないから、自分世界しか知らず、知識のある人より引き出しが少なく相対的に中身が無い感じがする。

・考えが正しいっぽい=中身がありそう?

論理的かつ具体的に共感したり納得できる考えを話せると、その考えのベースに何かありそうだと思い、それがいわゆる中身なのかも。正しいかそうでないかは別として正しいっぽさだけあればいいんじゃないかと。

自分が金や時間をかけることへの理由が言える=中身がありそう?

これが正直本命。なんとなく行動してる人より、行動を掘り下げて理由があって、その理由が正直っぽければ中身ある人って感じはする。

・中身の有無は実はハッタリ説

人間のできることや考えは限界がある。同じ経験や考えを持つ人もいる。でも話し方だったり経歴なんかで中身がある風になってるという説。というかマウンティングによって一時的に負かした人に自分の中身を無いと思わせてる説。


きっとこれが全てじゃないから他にも何か要因的なことがあったら教えて欲しい。

中身があるかないかって実は他人ほとんど勝手雰囲気で決めてる思う。けど一つ思うのは、特に必要なければ自分他人の中身の有無を勝手判断しなくてもいいってこと。中身があるとかないとかばっかり言ってるのよくないと思う。

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