ちょうどコロナ禍が始まる前ぐらいの時期に、人生で初めて耳かき専門店に行った。
東京・恵比寿の「ボニータボニート」という店で、メイドとか膝枕とかが絡まないガチの方の耳かき店だ。
私は元々相当の耳かき狂人で、「匠の技」(※現環境最強の耳かき。細くしなる煤竹が耳奥まで届く。生産環境が変わったのか数年前からのモデルは少しタッチが硬い)で2日おきに耳の中をクリーンアップしなければ気が狂ってしまう。
「耳かきってホントは必要ないらしいよ」とか「やりすぎると体に悪いらしいよ」とか、知らん。今更その手の意見に耳を貸すつもりはない。きょうび健康のために耳かきやってる奴とかいるの?あんなん快楽のための行為でしかないだろ。私は早死にしても耳かきしたいよ。
そんな私でも、イヤースコープで耳の中を見たことだけはなかった。
だから思ったのだ。2日おきに耳の中が更地になるまで耳かきを繰り返す私でも、もしかしたらちょうど届かないような角度に何年も取り逃がしているやつがいるかもしれない。何年も潜伏し、度重なるガサ入れからもうまく身を隠し、今も捜査の手を逃れ続けている凶悪犯がいるかもしれない、と。
ゆ、許せねぇーーーーッ。今すぐ耳の中ぜんぶにサーチライトを照射して指名手配犯どもを余さず引きずり出してやりてぇ。悪は明るみに出すべきだ。私はボニータボニート恵比寿店を予約した。
店に来た。アースカラーの落ち着いた店内に、アロマのいい匂いが漂っている。
歯医者で座る椅子をホテル仕様にしたようなフワフワの革ソファに身を沈めると、耳かきのお姉さんが来た。さりげなく来店のきっかけを聞かれ、急に気恥ずかしくなって「いや……なんとなく、興味があるかな?ぐらいで」と思いきりカマトトぶった。このきれいで常識がありそうなお姉さんに耳かきフリークだと思われたくない。ウソでも何も知らない処女の顔をしていたい。耳にスコープが入っていく。
耳の中は笑っちゃうぐらい何もなかった。
「なんにもない……」とお姉さんも言った。こんな耳の処女がいるかよ。耳の中に汚れも傷もなかったことでお姉さんは私のふだんの耳かきのうまさを褒めてくれたが、直前でカマトトぶった手前なおさら恥ずかしかった。
……いや、しかし。世の中には耳が汚れにくい体質の人もいるだろう。幸い掻き傷もないみたいだし、そういうていでやり過ごせるかもしれない。そう思った矢先、私はさらにトドメを刺された。お姉さんが耳の中に何かを見つけたのだ。
それは私の耳奥に浮かんだ鹿の背のような模様だった。
「これ、見えますか?」とお姉さんが私にスコープで照らしてみせる。「なんですか?」と私が聞く。「掻きダコです……」お姉さんが微笑んだ。
掻きダコ。それは、何度も耳かきで擦ることによって耳の表面が硬くなったものだそうだ。私にとっては紛うことなき耳非処女、いや耳淫乱の証だった。
「実は耳かきメチャクチャ好きなんですよね……」私はゲロった。
耳の中はあとでもう少し詳しく見るとして、耳内の毛のカットをやってくれることになった。
これがかなり気持ちいい。細いハサミが耳の中に入り、ショキショキと涼しい音を立てる。耳かきが内壁を擦る音すら楽しむタイプの私にとって、これは新しい快感だった。
毛を取り落とさないように、カットの後はローションで濡らした極細の綿棒で耳内の表面をさらう。これがまた気持ちいい。耳の汚れも同じ方法で取るそうだ。
細かい汚れが見えるようになり、それを綿棒ですくう工程をスコープ越しにぜんぶ見た。触覚と聴覚頼りの一人耳かきと違い、視覚を通して明確に「汚れが取れた」達成感があるのでイヤースコープは偉大だ。
と、鼓膜近くに細かい汚れがあるのをお姉さんが見つけた。お姉さんは思わずそこへフラフラと綿棒を伸ばすと、慌ててサッと綿棒を引っ込めた。
「これは鼓膜近くなので汚れが外に移動するのを待ちましょう。大きい汚れではありませんし」
落ち着いた理性的な声だ。でも見てたぞ。今の動き、どう見ても耳かきフリークがやるやつだった。もしかしてお姉さんも”こちら側”の人間なのか?私と同じ求道者なのか?
そう思うと途端にお姉さんへの親しみが増して、初手でカマトトぶった自分が馬鹿馬鹿しくなった。
そりゃそうか。この店に来るのはきっとみんな同じような人間だ。店員さんだって、少なくともこちら側の気持ちが分かる人間だろう。欲望に正直であることを、わざわざ恥じなくたってよかったのだ。
私は耳をきれいに拭き取ってもらい、丁寧なマッサージまで受けてから決意した。「次はもうちょっと耳をサボってから来よう」と。だって耳の中にほぼ何もないレベルでもこんだけ気持ちよかったんだもん、何かある時なら絶対もっと気持ちいいじゃん。
そう思ってからコロナのやつが始まって、私はまだボニータボニートに行けていない。やむなく自分で耳掃除をしているけど、もう一度あの店に行くことを考えると耳がムズムズしてくる。早く行きたい。
日本人としては少数派の湿気った耳垢持ちなので気になるわ 放っておくと詰まって何も聞こえなくなるのよね…
10点 食べログ文学になりそこねたのだけがおしい
匠の技なくなるよね 2本セットで入ってるの初めて見たときは2本も要らないと思ってたけど本当にすぐ消える
反対側に旗にみえるように派手めのマスキングテープを貼ったのはしばらくもったがそれでも消えた
イヤースコープ買えば? 安いのは数千円でスマホに繋ぐの売ってるよ。
狂いの程度はここで書いているとおりだ。 https://anond.hatelabo.jp/20200517163843 要約すると、私は健康を度外視して快楽のために耳かきを繰り返す中毒者であり、プロに依頼するほどの情熱を...
ちなみに自分が買ったのは「Manwe 耳かき カメラ」で出てくるやつなんだけど、商品説明に「iPhone対応」って書いてるのは嘘だったから気をつけてほしい。 自分はAndroid端末も持ってたか...