2020-05-14

[] #85-1「幻の10話」

“激動の時代”という文言は、さしずめボジョレー・ヌーボーのようなものだ。

ティーンエイジャーの俺や、その時代に実感の伴わない人間にとっては「10年に1度の出来」という評価ほど空虚ものはない。

だけどワインを飲める人にとって、やはりそれは確かな変化なのだろう。

フィレオフィッシュにはチーズが乗っている。

ヨーグルト付属していたフロストシュガーは別売りになった。

オレオ時代うねりと共に何かが変わり続けているらしい。

もちろん変わったのは食べ物だけじゃないけれど。


例えば、俺の父親が勤めているアニメ制作会社

早口言葉みたいな会社名がついているため、内外共に「ハテアニ」って略称で呼ばれている。

そんなハテアニもまた、激動の時代が訪れようとしていた。

「それでは第○○回、『チキチキ! ヴァリオリ制作委員会』の会議を始めます

総務である父の宣言と同時に、その会議は厳かに開かれた。

モグモグ

クチャクチャ

談合室に集まったスタッフたちは、拍手の代わりに咀嚼音で応える。

昼時だったので、会議は昼食と平行して行われていたんだ。

「ああ、もう! カレーの粉が溶けてない!」

そうボヤくのはプロデューサーのフォンさん。

やや神経症の嫌いがあり、この日はカップカレーうどんに苦悩していた。

ロボットAI企業を席巻しているのが当たり前の時代に、いつになったらカップカレーうどんは進歩するんだ!」

「まるでこのスタジオみたい~ってか」

「確かに未だ人材資本ですが、ハテアニだって進歩はしてますよ。労働待遇一般企業並みに良くなったでしょう」

「そこは誇るところじゃないだろ。カップ麺に虫が入ってないことを自慢する企業がどこにいる」

フォンさんに茶々を入れたのはシューゴさん。

ハテアニの看板作品である『ヴァリアブルオリジナル』、通称“ヴァリオリ”の総監督を務めている。

シューゴさんは、また同じメーカーランチボックスですか。それ好きですねえ」

「好きじゃねーよ。量も少ないし、味も好みじゃない」

「じゃあ、なんでそればっかりなんです」

使い捨ての容器と箸が付いているからだ」

シューゴさんはアニメ制作以外に労力を使いたがらない。

食事満足度二の次で、“食べるのが楽かどうか”が基準である

彼にとっては絵コンテを描きこむことよりも、洗う食器を一つ増やす方が遥かに負担なんだ。

「では食事をしながらいいので聞いてください。三回目となるヴァリオリの完全版制作について……」

から見ると緊張感に欠ける光景だが、ハテアニで働く者達からすれば日常茶飯である

何度もやっている会議で、内容の想像がつくので昼食の合間で十分なんだ。

この日のスタッフたちも、そのつもりで高をくくっていた。

しかし父から告げられた言葉によって、場の空気は一変する。

「今回は特典の一つとして……第2シーズン“幻の10話”を追加しようかと」

シューゴさんとフォンさんの箸が止まった。

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記事への反応 -
  • 久しぶりにリアルタイムで冒険見たわ

  • ≪ 前 「……“本当の10話”? ちょっと何言ってるか分からねーな」 慌ててシューゴさんは取り繕って見せるが、とぼけているのは明白だった。 「“本当の10話”じゃなくて“幻の10...

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        • ≪ 前 すぐさま父たちは急ごしらえの企画を携え、親会社に乗り込んだ。 「オリジナル作品~? ちょっとバクチが過ぎるんじゃないのぉ?」 「ビジネスってのは大なり小なりギャン...

          • ≪ 前 こうして何とか説得に成功し、企画を通すことに成功した。 だが、アニメ作りは会議室で起きているわけではない。 ここからが本番だ。 それは誰もが知るところだが、だから...

            • ≪ 前 世に跋扈するアニメの多くは、その製作の全てを一つの会社が行っているわけではない。 クレジットを見れば誰にだって分かる(俺は一度もマトモに見たことはないが)。 背景...

              • ≪ 前 絵の部分においても徹底された。 キャラクターデザインは線を少なくし、左右対称が基本。 背景を減らすため、キャラクターのアップを増やして誤魔化した。 作画ミスが起き...

                • 久しぶりにリアルタイムで見たわ

                • ≪ 前 こうして何とかヴァリオリは「とりあえず見れる作品」として世に出た。 この国で初めてアニメが放送されてから、脈々と受け継がれてきたリミテッド・アニメーションの粋を集...

                  • ≪ 前 そこからは、多くの有名コンテンツが辿る道だ。 コミカライズにノベライズ、関連性のないゲームとのコラボなど。 様々なマルチメディア展開がなされ、ヴァリオリは“出せば...

                    • ≪ 前 脚本だけではない。 “幻の10話”に携わったスタッフは、そのほとんどが聞き馴染みのない者だった。 つまりシューゴさんなしで、代理スタッフで構成されているってことだ。 ...

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