2020-03-09

10年前の痴漢さん

蒸し暑い日だった。天気は良く覚えていない。満員電車の中で誰もが汗ばんでいた。その日私は、GAPジーンズTシャツを着ていた。大学に行く途中の出来事だったのだ。

ホームにいる時点から痴漢に目をつけられていたのは知っていた。注意していればわかる。痴漢の顔(この場合表情)つきは一種類だ。本人は気がついていないかもしれないけれど、慣れてくるとわかる。どういう表情とは言えないんだけど、本当に皆同じような表情をしている。だからから離れた。

しかしなるべく離れてもついてくる。あの人たちは「まだ並ぶ列を決めていません」みたいな態度で獲物を狙っているのだ。

電車が来たので私はそれに乗った。行先が違う電車が何本もくる路線なので、痴漢は今来た電車に乗らない理由がある。時間を遅らせるのは意味がない。

痴漢痴漢にとってのベストポジションに貼り付けた。私の斜め前だ。私はがっかりした。大勢が乗りこむなかで、なんとか身をよじっていると、痴漢の手がズボンの、そして下着の中に入ってきた。最悪の気分だ。

ところが痴漢がさあこれから!と動きを開始しようとしたその時だ。なんと私の後ろ側からズボンに手を入れてきた痴漢がいたのである。当然股の間で別人の手がかち合う。あまり出来事に声を上げられなかった。ショートしたような頭の中で、これは一周回ってBLなのではないか、と考えていた。

痴漢痴漢同士で驚き、両者ともサッと私の股から手を引いた。抜ける時の手の感覚(両者とも腕毛の薄い痴漢であった)が忘れられない。最低な出来事だったが、その時の私には声を上げる術はなかった。

その時ぼんやり思ったのは「痴漢痴漢が怖いのではないか」ということだった。私は大学で授業を受けることなく家に帰った。その日は酒を飲んで寝た。しばらく悲しい気持ちだった。GAPジーンズは履けなくなった。

現在痴漢には合わない。老いたのもあるが、一番効いたのはブランドものを持つことだ。お洒落なやつである必要はない。ただ一目で「このブランドだ!」とわかるものを持つ。これだけで周りの男からあの表情が消える。あの気持ち悪い顔。あのねっとりした視線から逃れられる。

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