2019-12-24

山口敬之氏がTBSを辞めるまでの経緯のおさら

もう長いこと続く問題なので、どんな情報が表に出ていたか、忘れてる人も多いだろうし、新規で入った人は知らないだろうし、簡単にまとめ。

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発端は2015年3月。25日に伊藤詩織さんが山口敬之氏に就職相談メールし、日本で会うことを約束。翌日の26日は、週刊文春山口氏が寄稿した「ベトナム人韓国軍慰安所」のスクープ記事が出る日だった(後の週刊新潮調査記事によれば、このスクープには捏造や誇張があるとのこと)。この記事は「TBS放送拒否した」という触れ込みでネット右翼保守界隈で話題になる。

 

2015年4月3日伊藤さんと山口氏が食事し、ホテル事件が起きる。伊藤さんは9日に近所の警察署被害相談。そこでは管轄の署を紹介され、11日に高輪署の捜査員と面会し、防犯カメラ映像のチェックなど捜査が始まる。18日には山口から伊藤さんに釈明や弁解のメールが次々と送られる。

 

2015年4月23日山口敬之氏がTBSから懲戒処分を受け、ワシントン支局長を解任され営業部へ異動させられる。右派系列メディアでは、週刊文春の「ベトナム人韓国軍慰安所記事に対する報復的な処分であると報じる。それについて山口氏は、懲戒や解任は記事政治的な内容が理由ではなく、寄稿手続き問題があったからだと、自身FB説明

 

2015年6月8日高輪刑事山口氏を成田空港逮捕しようと待ち構えるが、直前で上から命令逮捕中止に。8月書類送検になる。

 

2016年5月30日山口氏は自己都合でTBSを退社し、米国シンクタンクイーストウエストセンターの客員研究員になり、6月9日幻冬舎から総理出版7月22日に不起訴となる。

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伊藤さんの件と「韓国軍慰安所記事の件が並行して進んでいたのが2015年3月4月伊藤さんの件発覚後のTBS社長会見で、TBSにも事件について警察から問い合わせがあり、山口氏本人にも説明を求めていたと発表されている。それが4月なら懲戒人事に影響あったと思われるし、5月以降なら懲戒人事は文春記事の件だけが理由おかしくない。

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