2019-11-06

俺はおしっこを漏らした

おしっこを漏らした。

右足に温かい液体が流れてインディブルージーンズブラックに染める。

それはアンクルソックスにたどりつくとスニーカーの内外に溢れ出て道路に広がっていく。

「もー!さっきセブンあったじゃない!?なにやってるの!」

困惑と怒りが混ざりあった母の声が聞こえる。

「お兄ちゃんしっこでちゃったのー?」

5歳の弟もこの非日常風景困惑を隠せないでいる。

かに俺はおしっこを漏らした。

我慢できなかったのは事実だし、30メートルも戻ればすぐそこにあるセブンイレブンでトイレを借りればよかったのは事実だ。

でも俺は間違いなくおしっこを漏らしたんだ。今ここで。

たかくんちょっと待ってな、おじさんがしまむらパンツ買ってきてやるから駐車場に戻って待ってなよ」

一緒にいた叔父が少し離れたしまむらまでパンツを買いに走ってくれた。

それから俺と母と弟は立体駐車場の母の車まで戻り叔父が帰るのを待った。

母は俺が車に座るのを許さなかった。

後部座席のドアを開けると、そのドアで隠しながらズボンパンツを脱ぐように指示する。

「兄ちゃんちんちんちんちん

弟のはしゃぐ声が聞こえるが母は呆れたように無視してスマホをいじっていた。

立体駐車場はすごく静かだった。

たまに車も通るがドアで隠された下半身裸の俺は見えないようだ。

投げつけるように母から渡されたウェットティッシュで体を拭う。

アルコール成分が少しピリピリとしみて、秋風を感じる空気がひんやりと感じられ気持ち良かった。

おしっこ匂いなんかほんとんどしない。

今考えるとそのあと叔父が来るまでにかかった時間20分もないのだが、俺にとっては何倍にも感じるものであった。

俺はただぼーっとそこで自分のことを考えていた。

人間と飼われた犬と猫だけが決まった場所おしっこをする。

地球はすごく広くて1人では歩き尽くせ無いくらい広いのに、現代人がおしっこをする場所は極々僅かな決められた場所しかない。

そしてその掟に背いた者は俺のような運命をたどる。

虚しいような、悔しいような、でも何故か少しだけ清々しい気分が入り混じった変な感情

俺は何なのだろう。

たかくーんお待たせ!」

優しい叔父パンツだけではなく靴下フリーサイズカーゴパンツのようなものまで買ってきてくれた。

俺のお漏らしは終わった。

それからは何事もなかったのように休日が始まった。

帰宅後、寝る前に母に今日のことを謝ると「なにか辛いことがあったら言いなさいよ」とだけ言われた。

翌朝、手洗いして部屋干ししたジーンズが徐々に元のインディブルーに戻っていくのを確認して学校に向かった。

恐らくもう俺は高齢者となるまでおしっこを漏らすことはないだろう。

でもこの前の経験はきっと一生忘れない。

俺が俺である前に俺は俺の思っていた以上に身の回りのことを決められた通りに生きているのかもしれない。

  • 国民栄誉賞を受賞してなければ起ちションをしてもいい、という趣旨を福本豊氏も言っている。 世界は僕らが思うほど不自由じゃない。

  • ジーパンの色が変化する部分が、シンプルですが情景をよく表現できていて良いと思います。次回作も期待。

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