どちらかというとオタクの人たちの心情的な味方だったが(趣味は全く共有していないものの)、最近はあまりに批判の内容がひどすぎて弁護不可能になっている。
→公共的な場で不特定多数の人を対象とした表現物に対して、嫌悪感や違和感の表明をそれ自体として尊重しないことのほうが自由の侵害である。表現の自由は国家や公共団体の個人に対するものについて言うべきであって、公共団体に対する一個人や民間団体のクレームが表現の自由の侵害のわけがないだろう。
→公共的な空間で採用され、ゆえに「見たくもないのに目に入らざるを得ない」表現物について、嫌悪感や違和感の表明を嘲笑する態度のほうが、「好き嫌いを押し付けている」行為そのものである。
③ あのようなデザインは特に若い人には「常識」であって頭が古すぎる
→「常識」を共有しない人にそれを押し付けて、公共の場の表現物に対する嫌悪感や違和感の表明を露骨に見下す態度の中に、他者の自由を尊重する姿勢は全く見られない。そもそも「常識」は権力者が表現の自由を抑圧する際のマジックワードに他ならない。
④ 嫌悪感や違和感にいちいち対応していたら自由な表現ができなくなる
→同じ理屈で差別的な発言(特にマジョリティには「差別」と思われていない発言)も許容していいということになってしまう。PCにビクビクする社会より、差別的な発言が飛び交っても気にしないような社会のほうが好ましいという考えも否定はしないが、やはりお花畑のユートピアだと思う。
正論だね。 今回でオタク表現は緩やかにでも排除していくべきだと改めて思ったし、 オタク達はセクシズムと女性蔑視を押し付けるクズだと実感した。 これだけ世の多くの女性が批判...
何それ?BLと腐女子のこと? むしろ、腐女子は同性愛を解放してやったくせに、ゲイは感謝しろとか言ってるから、 もっと酷いんじゃ?
わかるわかる 印象操作だよな ありもしないひどい批判派を作り上げて 【味方ですら批判的になる表現の自由戦士】というレッテルを作り上げる その酷いやつも自演で用意できるしな