2019-10-03

乱れ髪

しりとり』のゲームとしての欠陥について、彼女は述べた。

1.ゲーム勝利ボキャブラリー依存すること。語彙が5万以上ある成人と、子供とでは勝負にならない。

2.戦略性に乏しいこと。言葉の組み合わせが無限にあるので、何か一定戦略に基づいてゲームを進めることは不可能である

3,4,5...とにかく、挙げ始めればきりがないくらいにあるみたいだった。

「じゃあ、どうすればいい?」と、僕は尋ねた。彼女は答えた。

「つまりね、自由すぎるルールに少しの制限つけるの。不自由を与えると、ゲームというのは不思議多様性が増して、そして面白くなるものなのよ。あるいは、ゴールを変えてしまったりとか」

「ゴールを変えるって?」

しりとりって、【ん】が付いた言葉を言ってしまった方が負けだけど、誰かが勝って、もう一方が負けるというゴールをそもそもやめてしまうのもいいと思う。例えば、20しりとりを続けられたら皆ゲームクリア、おめでとう! にしちゃう

「でも、それだと簡単すぎないかな」

「そしたら、さっき言った『ルール制限を加える』といいと思う。簡単には続けられないような縛りを入れてしまえば、そこに試行錯誤が生まれる」

僕は少し考えた。

「こんなのはどう? 『周囲に見えるもの以外、言葉にすることはできない』とか。例えば、僕から見えるのは、君の座っている【ベッド】とか、その本棚の隅っこにいる【ポケモンぬいぐるみ】とか」

「悪くないルールだけど、私の部屋をあまりジロジロ見ないでほしいな」

「ごめん」

彼女は周囲を少しだけ見渡して、片付けきれていないところをチェックした。

「でも、本当に良いルールかもしれない。一度やってみようか」と彼女は言った。

僕は同意した。追加のルールで『細かく彼女の部屋を見すぎない』もできたけれど。

「じゃあ、私からね。【テレビ】」

僕は、【ビ】で始まるもので、彼女の部屋にあるものを探した。

ビ?

「いきなり難しすぎない?」

相手が次に言うものまで考えて出題しないといけないみたいだね。20回続けないとゲームオーバーだから、次は気をつける」

僕は彼女CDラックを眺めて、そこから探し当てた。少しズルいとは思ったけど、こう答えた。

「【ビリー・ジョエル】くらいしか見つからなかった」

CDとか本棚は確かに宝庫かもね。あまり使いすぎるのは良くないと思うけど、いいでしょう」

彼女は、ビリー・ジョエルの”Piano man”のメロディーを口ずさみながら周りを見渡した。

「【ルールブック】」

やたら分厚い、未来電話帳みたいなカラフルな本を指差して言った。

「君の好きなゲームの本だっけ?」

「そ。ネットでやってるんだけどね」

彼女の部屋には、結構な数のゲームがあった。最新式のものから、古めかしいものまで。ボードゲームみたいなのも、いくつか見つけられた。僕は、彼女ゲームをしている姿を見るのが好きだった。

「【ク】で始まるもの。意外とありそうで、ないんじゃない?」

「そう?」

単語で探すことは難しかった。

「【黒いプレステ】とかじゃだめ?」

と、ダメ元で聞いてみた。彼女は少し考えた。

「『形容詞+名詞』くらいだったら許容してもいいかもね。同じ形容詞は2回は使えない、とかにして」

これで【黒い】は使えなくなった。

「うーん、【て】……て、て。じゃあ、シンプルに【手】」

僕の手を指差して言った。それって、次の人のことを考えてるのか?

「結局次も【て】じゃないか

「まあ、ゲームが進めばいいでしょ」

「僕もシンプルにいくよ。【テーブル】」

「あ、それがあったか

灯台下暗し

僕らはその新しい不自由しりとりを楽しんだ。探せない時には、視線を送って、ヒントを出し合ったりもした。次の言葉を予想しても、全く違うものを打ち返してきたりした。逆に、予想したものそっくりそのまま返ってきたときには、心が通じ合ったような気がして嬉しかった。

僕は16個目の言葉を答えた。

「【淡い色の毛布】 次は【ふ】だよ」

「ふ……ふ? 【ふ】って、何かあるの?」

「あるよ」

僕は、フード付きのジャージ視線を送った。彼女もそのあたりを探していたが、見つけられないみたいだった。しばらくして、笑みを浮かべながら僕に近づいてきた。そして、僕の耳に触れた。

「あった。【福耳】」

そうきたか

「というか、そんなに福耳ではないんじゃないかな」

福耳だと思う。やらかいし」

「そうかな。あっても、小吉末吉くらいの福耳じゃない?」

「細かいことはともかく」

あいいか。もう少しで終わりだ。

彼女の顔が目の前にあった。耳を触られた仕返しを僕は考えた。

僕は両手を伸ばして、彼女の肩まで伸びた髪に触れた。

そして、髪を乱した。

ちょっと、なにすんの」

「【乱れ髪】」

「手を加えるのはルール違反だし、女の髪に勝手に触れるのは倫理違反

彼女は不機嫌そうに答えた。

「それに、もっと別な言葉で表してよ」

僕は答えた。

「じゃあ、【魅力的な髪】」

調子いいこと言っても許さないけど」

「ごめん」

僕はしばらく、彼女の髪を手ぐしで解いた。少し癖のある髪は、柔らかな子犬のようだった。ストレートの髪を彼女はいつも羨ましがっているけれど、風が吹いたら時折はねてしまうその髪の毛が、僕にはとても愛おしかった。

「【ミステリアスな口】」

ミステリアス

「どの辺が?」

「たまに、変なとこで口だけ笑ってる」

「そうかな」

「今もそう」

彼女はくすくす笑った。

「【茶色い眼】」

ブラウンの、澄んだきれいな瞳を覗いた。

「【メタフォリカルな唇】」

メタフォリカルって、なに?」

隠喩的な、っていうこと」

「【ルナティックな頭】」

【眩しい笑顔】、【温和な表情】、【  】、【 】【】……。

僕らは20個目を言い終えても、ゲームを続けた。僕らが望む限り。僕らが終わらせてしまうまで。

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