さて、
酔ってたらダメってのも不合理かもしれない。
例えば、何かをしてやるぞ!というムードを自分で盛り上げられない人は、ビールを飲むことでより良い工作物を作るかもしれない。
類似例として、相撲の力水とか。初詣とか。登校のテーマ曲とか。「何かをしてやるぞ!というムード」を他に替えれば、もっとあるだろう。
しかし、力水や初詣や登校のテーマ曲をダメということはない。なぜか。
酔ってたらダメってのは、もしかして社会的負荷の面に偏重した評価なのでは?
つまり、酔ってたらダメというのは、「他者の権利や財産を奪ったり、公共の安全を脅かす行為をしてはならない」ということに収斂するのだ。
法を守り、一般的な生活ができていれば、(登校のテーマ曲はダメではないように)酔ってたらダメという論は成り立たない。
終わり