2019-08-24

ついに30歳になったのでその感想を書いた

ようやく30歳になった。精神が昔想像していた30歳まで到達していないように感じている。それは周りを見てもそうで、たしかに昔よりも周りは全体的に大人に見えるけど、誰が何歳か全然からない。もはや年齢は他人指標の1つとしてふさわしくなくなり、重要ではなくなった。

ぼくが30歳になって「自分は思ったほど慣熟してないな」と思う一方で、やっぱり10代後半や20代前半の人たちの思考判断を見て「幼稚すぎる」と思うこともある。でも下の年代を見て立派な人だなと感じることもいっぱいあって、自分がその年のころは一体何をしていたんだと恥じ入ることがとてつもなく多い。

ぼくの精神も行動原理も、20歳ときとさほど変わっていないように思う。冷静に分析してみると変わった部分があるとはいえ自分が幼稚で考えなしであるという部分が浮き彫りになっている。20代前半のころはそもそもこんなことを考えもしなかったという点で、まぁ成長点がないわけではないと思っているけど。

年齢の2桁目の3という数字が重い。25のときはふざけて「四捨五入すれば30」と言っていた。28ときはもうすぐ30かと曖昧に感じていた。30に近づくにつれてリアルに30になることがわかり始めた。「自分が30歳になるということは現実に起こりうることなのだ」というような気持ちになっていった。そして30になった。まるで一生自分は年を取らないと思い込んでいたように感じていたけど、そんなことはなかったし、自動的に「いわゆる大人と呼ばれる人」になることもなく、ただ年齢だけが大人になった。いろんな人がおんなじようなことを言っているのは知っていたけど、そんなもの自分人生とは無縁だと感じていた。

重要なことを成し遂げた人は20代で成し遂げたことが多い。ぼくは1桁代の頃から1020代サボりながら進んできて今の結果がある。ただ、24歳のとき大きく方針転換をした結果、今まだマシな状況になっていて、それは良いことだったと考えている。もしあのときもっと考えなしだったら今の生活は荒廃していたと思う。

幸いなことに30歳になっても心はあまり枯れていない。メタボにはなりつつあるけれど、おじさんと言われることにまだまだ強烈な抵抗感がある。ここに活路があると思っている。早めに気付いた人ともう10年分ぐらい差ができてしまったけど、40歳になったときに「40歳にしては結構やるじゃないか」と自分自分を称えられるような人生、そして30歳より前だった自分に「30代の俺はこんなことしたんだぜ。すげーだろ!おまえのおかげだぜ!」って自慢できるようにしたい。

なんか書きながら過去のことが思い出されたのか涙が出てきた。どうも今回はぼくも本気らしい。

また40歳になったら書きます

  • anond:20190824132819

    経験値が増えることで、判断が上手くなったところはあるよね・・・。 たぶんそれが成長で、成長自体はボケるまで続くんだと思う。 与えられた状況でどう行動するか?の判断基準と...

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