2019-08-06

私は数年前に居酒屋バイトをしていた。チェーンの食べ放題の店で、安く量を売るのが持ち味の店だった。そのためバイトには時給に似合わない苛烈な忙しさが付きまとい、私は一年ちょうどでそのバイトをやめてしまったのだった。

だがいまだにそこで学んだ事をよくよく覚えていて、しょっちゅう思い出すタイミングがあるのである。めんどうなオーダーを適当に手順に従わず楽に仕上げるやり方だとか、どこまでてを抜くとクレームが来るのかとか。そういうズルさをいくつも習得した。

そんななかでも、学んだ事の中には有益ものもある。みっとも、役に立つ事はまれなのであるのだが。

上野の立呑屋ではリンゴサワーを頼むと薄気味悪い黄緑のジョッキが運ばれてくる。これは青リンゴの濃縮シロップと安物の焼酎炭酸水で伸ばしたものだ。私は一口でそれがわかる。理解するのと同時に、この店の裏にいるバイトの考えている事が伝染してくるようだった。

彼らは今という大切な学生生活を、一時間千円の安い対価に浪費している。私はすこしだけ彼らを思って悲しくなった。彼らは替えがたい青春をこの不味い黄緑いろのジョッキに費やしているのかな、そんなことを思うとやりきれない。

大学生の時の私は限りなく自由だった。当然彼らと同じようにバイトをしていたのだが、その対価を使う対象が明確だったお陰でなんとか美しい思い出を作ることができた。彼らはそんな思い出を作っているのだろうか。お節介にも私はそう思う。もしもそうでないのなら…私は不安になってしまう。彼らの美しい8月が、薄汚いものに蝕まれしまわないよう、私は祈る。

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