2019-07-03

就活自殺するか悩んでいます

自己紹介します。都内のどこかの大学文系学部20卒です。1年間浪人をしています実家暮らしです。サークルも人並みにして、人並みに生きてきました。

インターンには行けず、19年の2月就職活動を始めました。

今まで60社以上にエントリーし、そのほぼ全てで1次面接の時点で不合格とされました。

エントリーシートと適性検査は通過します。どんなものを書けばいいか考えられるし、提出前に訂正することだってできるから、まだ救いはあります。でも、面接はそうはいきません。

会って1時間も話していない人間不要と言われる。時間交通費無駄になるし、その分だけ授業を休んで来ている。その結果が、全て無駄になる。企業パンフレットという、見ても憎しみしかさない紙切れだけが手元に残る。

自己分析企業研究もして、それでも面接という場が苦手というだけで仕事活躍し得ない人間だと断定される。あまり苦痛だ。

大学生「就活自殺」7年で200人超/社会人からの声「就活けが人生じゃない」

https://jobrass.com/magazine/self_analysis/17454/

就活けが人生ではない、スタートラインだ、たしかにそうだと思います人間80年生きるから20代前半なんて、通過点に過ぎない。理屈の上ではそうです。でもこれは、無事に内定を取れたから言えることだと思います。通過できたからこそ、通過点だと思えるんです。

スタートラインならば、それにすら立てない人間が、どうして明るい未来想像できましょうか。通過点で挫折した人間にとっては、これが終着点です。

心は疲れ果て、様々なもの犠牲にした末に残ったものも少なく、浪人しているので親は就職留年を許してくれず、大きな閉塞感に包まれ状態です。

エントリーシートを書いて、出して、出せるものもない状態で、受けた面接は翌日に返事が来るという噂なのに音沙汰なく、「無敵の人」という単語が、まさに将来の己を指すような絶望感に襲われます

その中で、就活を終わらせる手段として自殺という手段が頭をよぎっています

この国では、人間死ねば死亡届を出し、葬式をしなければなりません。葬式には大きなお金がかかります。おそらく、自分の1年分の学費は賄えるでしょう。

まれしまった時点で、人間死ぬことにすら負担を伴ってしまます

から自殺するよりは就留した方が良い。理屈ではわかっています

しかし、大量にエントリーしなければはらないような就職活動の狂った世界に、ついていけないという思いがあります

第一志望じゃないと嫌!というくせに、他の企業選考状況は聞くんですね。落ちたって言ったら、落とされるようなダメなところがあるって思いませんか?もしそう思うなら、そんなことは聞くべきじゃない。他で内定を取る人なら良いんじゃあないんですよ、就活マッチングという建前とは真っ向から反してませんか?それは能力を見てるだけだと思うのは、私だけですか?

人柄を重視する割には、面接官の人柄なんて全く伝わってきませんよね。某大手証券なんて、この面接をくぐり抜けた人が犯罪やって逮捕されてます。それこそ、 人柄がいかにアテにならないかということを雄弁に物語っているのではありませんか?どうして、こんな辛い思いをして人生に悩む人を大量に出して、多くの人を祈って、敵を作って、企業もこんなことを続けていいことなんてないはずです。何がいけなかったのかわからないまま敗北を重ねるなんて無意味な積み重ねをして成長しろというのは、あまりに怠慢だと思います自分で考えたって、当の面接官が判断するんだから、どうして落としたかなんて面接官にしかからないはずです。だから就活からすれば自分想像しか敗因を語れないし、それを通して成長するには、あまりに非効率的です。それで進路に関わる決断をしなければならないのは、あまりに酷で、無意味な営みだと思います。それでいて、面接をする側は特に何とも思わずに日々を暮らしています。少なくとも、面接によって処分されるとか、職がなくなるということはよっぽどのことがなければ起こりません。就活生は、すぐに来年のことがわからなくなるというのに。企業学生が対等に選び合うというなら、そんな差は存在しないはずです。本当は企業に選ばれるだけの存在にすぎないことは自明です。

せめて、企業もどうして落とすのかを明確にすることを法で義務化してほしい。己の判断責任を持ってほしい。企業無責任すぎませんか。

就活に疑問しかなくて、でもお金を稼いで家族を養えるような人間になるにはそれに従う他に自分には道がなくて、それがあまりに不甲斐ない。

それに、この世の全てが憎いのです。

面接で上手く話せない自分馬鹿げた判断基準で一方的自分を無価値とした上で、何の痛みも感じない面接官。このような大きな痛みを強いる制度を、己の利益のために作り上げた就活産業。先に就活を終えた友人。

どこまでが自分が抱いてよい正当な怒りなのか、自分でも判断がつかなくなってきました。

友人は、就活死ぬなんて馬鹿らしいといいますが、そう思うなら、持っている内定をくれませんか?自分と同じように、面接で先の見えない苦しみを感じても、同じことが言えますか?

今、死にたいと思っている己がどこまで続くかわかりません。己に向いた殺意が、自分憎悪を向ける他の誰かに向かうとしたら。そうなる前に死んでしまうのが良いでしょう。

死んでほしくないというのであれば、内定をください。せめて、自分が死んだとして、その後に、このような狂気連鎖を止めてください。

大手中小もいろんな業界を見て、どれも祈られました。神様みたいですね。神様だったらいいのに。就活みたいな人の誠意もクソもない儀式、全部罰して裁いて祟ってなくしてやりたい。

もう自分には希望も気力もありません。本当に止まると終わりだから、それを否定するために惰性と虚勢でエントリーして、面接に行っているだけ。それで祈られたら、自分絶望が伝わってきたのかなって想像して、それでもどうしようもないから、余計に気分が沈んで、空虚な蟻地獄の中にいるようです。

いつ電車に飛び込むかもわからないので、家にいるうち、生きているうちに書いておきたいと思って書きました。

どうか人々が無駄な苦しみを味わうことのない世界になりますように。

生きている皆様の幸せを、心よりお祈り申し上げます

20卒無内定

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