2019-04-29

松浦大悟(@GOGOdai5)はトランス差別悪化について責任を果たすべき

このエントリーの要約

三橋順子氏は文春オンライン記事で、以下のように松浦氏批判した

 1.松浦氏トランス法案への懸念は、現実的根拠が一切示されていない(=松浦氏トランス当事者実態無視している)

 2.現実的根拠を示さないまま、トランスに対する不安を煽る発言をした

 3.その発言によって、ツイッターにおけるトランス差別悪化した

松浦大悟氏の発言を最大限好意的解釈すれば、彼は次のように反論したと考えられる

 1.思考実験として検討しただけで、現実的根拠の有無は関係ない

 2.あくま法案の条文があいまいであることを指摘しただけだ

 3.自分発言トランス差別ではない

松浦氏発言を最大限好意的解釈しても、なお松浦氏発言には以下の問題が残る

 1.「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況が差別ではない、ということの理由説明していない

 2.トランス当事者実態をきちんと説明しないまま、議論を進めてしまった

 3.自身発言が、ツイッタートランス差別悪化の一因となった

もっと重要なのは、次の点である

 ・松浦氏は、自身発言トランス差別悪化させたことに対して責任を取っていない

●よって松浦氏

 1.自身発言トランス差別悪化させたことを自覚し、トランス差別への明確な反対を表明し続けるべきである。具体的には、

  a.トランス差別に反対するという立場を明確に発信し続ける

  b.トランス当事者実態を正しく理解し、正しい情報継続的に発信する

  c.トランス差別悪化させないように、自身の「懸念」をもっと的確に言語化する

 2.今後はトランスフォビアを悪化させない形で議論を深めることを目指すべきである

以上がこのエントリーの内容のすべてになります

三橋順子による批判記事と、松浦氏反論

三橋順子氏による記事なぜ2019年の日本で、トランスジェンダー女性たちが攻撃されているのか | 文春オンライン」のなかで、松浦大悟氏の発言ツイッター上のトランスジェンダー差別悪化させる一因となったことが指摘されました。

1月5日放送のAbema Newsみのもんたのよるバズ!」で元参議院議員松浦大悟氏がこう語りました。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。」

 この発言Twitter拡散されて、一気にトランス女性排除の炎が大きくなりました。

(※当該発言みのもんたのよるバズ!2019年1月5日 - YouTubeの57:36から確認できます

これに対して松浦大悟氏本人は次のようにツイートしました。

松浦大悟さんのツイート: "三橋順子氏に嘘を流されて困っています。トランスジェンダーはアンブレラタームであり、その中にはクロスドレッサーも含まれます。法律を作るときには瑕疵がないように全ての問題点を洗い出さなくてはなりません。法案作成過程では議論がなかった?穴を見つけられない事が立憲民主党の問題点なのです。… https://t.co/VYspZcZOTB"

以下では松浦氏反論がどの程度妥当か、確認していきます

●両者の「トランスジェンダー」の定義はいずれも正しい

まず議論を始めるために、「トランスジェンダー」という言葉定義確認しておきましょう。

三橋氏は記事のなかでトランスジェンダーの定義について以下のように述べています

トランスジェンダーの定義は「生まれた時に指定された性別と違う性別生活している人」です。

これに対して松浦氏は以下のように反論しています

トランスジェンダーはアンブレラターム(=包括的用語引用者注)であり、その中にはクロスドレッサーも含まれます

さて、どちらの「定義」が正しいのでしょうか? 実のところ、どちらの定義も間違いではありません。

Feminist Perspectives on Trans Issues (Stanford Encyclopedia of Philosophy) 確認してみますと、トランスジェンダーは「トランスセクシュアル、ドラァグ・クイーンキング、ある種のブッチレズビアン、(異性愛男性異性装者のような、いくつかの異なった種類の人々の集合を指す包括的用語umbrella term)として用いられる」と同時に、「トランスジェンダーという用語トランスジェンダリスト(出生時に割り当てられた以外の性別としてフルタイム生活しているが、ホルモンや手術などの治療を行なっていない人)と同じ意味で使われることもある」とされています

また、森山至貴『LGBTを読み解く』でも、包括的用語としての「(広義の)トランスジェンダー」と、「異性の服装をすること自体に重きを置くトランスヴェスタイトではないが、医学的な処置を望むトランスセクシュアルでもなく、自らの性自認にしたがって生きる経験やそのような人々のことを指す」用語としての「(狭義の)トランスジェンダー」という、2つの意味があると指摘されています(p.98-101)。

三橋氏の定義も、松浦氏定義も、いずれも間違いではない。このことを確認したうえで、議論を次に進めましょう。

現実トラブルが起きたという証拠はない

次に確認しておくべきことは、(1) 日本にもすでに性同一性障害への差別を解消するための法律があり、(2) それでも女湯や更衣室などをめぐるトラブルは生じていない、という点です。

これについては松浦大悟さんの「女湯に男性器のある人を入れないのは差別」論への疑問から引用しておきましょう。

そもそもトランスジェンダーの公衆浴場利用について同様の議論をしたいなら、「障害者差別解消法」(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律 - 内閣府引用者注)を引っ張ってくる必要があります

2016年施行された障害者差別解消法における「障害者」の中には性同一性障害も含まれており、性同一性障害に該当する人はこの法律によってすでに守られている状況です。

それでも、障害者差別解消法のせいで男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えたなんて事実はどこにもないはずです。

ここでもう一度、Abema Newsみのもんたのよるバズ!」での松浦氏発言確認しておきましょう。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。で、そういう人たちを出てけということを言ってるんだけど、これは差別にあたるわけです、そういう法律ができるとね」

注目するべきは、『イギリスフェミニストが大反対している』ということしか説明されていない、という点です。松浦氏は、『差別解消法によって、イギリス男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えた』とは一言も言っていない。実際にトラブルが起きているかどうかには一切触れず、ただ単にフェミニストが反対しているということしか説明していないのです。これでは、イギリスで「大反対」しているフェミニストの主張が妥当なのかどうか、まったく分かりません。

まり松浦氏は、「手術なしで性別移行できるような法律が、実際に女性への被害をもたらしている」という証拠を何一つ提示していないのです。

この点で、松浦氏発言根拠薄弱であると言えるでしょう。

好意的解釈1.「あくま思考実験にすぎない」

ここで一旦、二人の対立を整理しましょう。

松浦氏は「正義正義バッティングした時のことを野党であるLGBT差別解消法は想定していないと指摘した」とツイートしていますhttps://twitter.com/gogodai5/status/1085414545814892544

これに対して三橋氏は、そもそも彼が言うような形で「正義正義バッティング」すること自体が「ありえない」と主張したわけです。

しかに、松浦氏は自らの懸念について、根拠をまったく示していません。

それでも、松浦氏発言好意的解釈すれば、以下のように捉えることができるかもしれません。

あくまで隙のない条文を作るための思考実験であり、現実的根拠の有無は関係ない』

もしも松浦氏がこのような立場を取るのであれば、三橋氏の批判回避することはできるかもしれません。

好意的解釈2.「あくま法律案の条文に含まれ問題を指摘しただけ」

もう一点、できるかぎり好意的解釈すれば、松浦氏立場は以下のようなものと言えるでしょう。

法律案の条文において、「トランスジェンダー」という用語が「広義のトランスジェンダー」を指すのか「狭義のトランスジェンダー」を指すのか」があいまいである。このようなあいまいな条文では、運用に際して問題が生じうる。私はその点を批判しただけだ』

あくま一般論ですが、法律の条文に多義的用語が含まれることは、あまり望ましいことではありません。

この一般論に則った発言として松浦氏発言解釈するならば、一般論に則っている部分に関してはある程度の妥当性がある、と言えるかもしれません。

好意的解釈3.「自分発言トランス差別ではない」

松浦氏は、「私はトランス女性が脅威だなどと発言していない」とツイートしています

https://twitter.com/gogodai5/status/1085414545814892544

自分発言トランス差別ではない、ということを言いたいのだと思います

しか松浦氏は「トランス女性シス女性へ加害する」とは言っていません。おそらくは「ペニスに対して恐怖をいだく女性特に暴力被害者)がいるのではないか」という「問題提起」だと考えられます

かに、「女性ペニス恐怖を抱くことの背景への配慮」もまた重要論点です。

しかし、「トランスフォビアの解消」も同じく重要論点であることを忘れてはいけません。

女性ペニス恐怖を抱くことの背景への配慮」と「トランスフォビアの解消」を区別したうえで、その両方を目指した議論をすることが必要となるはずです。

にもかかわらず、松浦氏はこの2つが必ず対立してしまうかのような前提で議論を進めています。この点に、「問題提起」としての不十分さが垣間見ます

(なおトランスフォビアと「男性身体」への恐怖というテーマについては、こちらの記事「女性専用スペース」とトランスフォビア - frrootsのtwitter補完メモに詳しく論じられていますので、関心のある方は一読ください)

好意的解釈すれば、松浦氏発言自体トランス差別ではない、と言えないこともないかもしれません。

それでも、不十分な「問題提起」によってトランスフォビアを煽ってしまった、という問題は依然として残るかと思います

松浦氏反論できていない論点

●「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況が差別ではない、ということの理由説明していない

ここで忘れてはならないのは、「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況は、極めて大きな問題がある、ということです。

特例法が求める性別適合手術は、当人の心身に多くの負担を与え、高い医学的侵襲性を伴う医療行為です。「強制断種」の点においても、性の健康権利理念から反するといえます。(石田仁『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』p.99)

言うまでもなく、手術を望む人が手術を受けられる、ということは重要です。しかし、手術を強制されるということは、このように「性の健康権利」を剥奪されるということです。誰もが持っているはずの当然の権利剥奪されている。この状況を「差別」と呼ばないのであれば、その根拠説明するべきでしょう。

●「現実的根拠がないまま、トランスへの不安を煽った」という批判反論していない

松浦氏は先行事例としてイギリス法制度を紹介し、「懸念」を提起しました。しかしそこで、「手術なしで性別移行できるような法律が、実際に女性への被害をもたらしている」という根拠はまったく提示されませんでした。この点で、松浦氏の「懸念」には、(1) 現実的根拠がなく、さらに (2) トランス当事者実態無視している、という問題があると言えるでしょう。

●「自身発言トランス差別悪化の一因となった」という批判反論していない

さら重要なのはこの点です。

松浦氏は、あくま法案問題点を指摘しただけだ、という反論はしていますしかし、「自身発言トランス差別悪化の一因となった」という点については何も述べていません。

もしも仮に松浦氏の「懸念」に根拠があったとしても、トランス差別に反対しなければならないことに変わりはありません。

かに議論を深めることは重要です。しかしその過程トランスへの差別が深まるとすれば、それは問題です(誇張ではなく、差別は人の命にかかわりますから)。そうである以上、トランスフォビアを悪化させない形での問題提起をするべきです。

結論

松浦氏は「トランスフォビアを悪化させない形での問題提起」に失敗した。

このことは否定しようのない事実でしょう。

(もちろん言うまでもなく、松浦氏発言以前にも、インターネット上にトランスフォビア言説は存在しました。しかし、松浦氏トランスフォビアにさらに火をつけてしまった、という点は批判されるべきでしょう)

このことについて、松浦氏責任を果たす必要があるはずです。

具体的には

 1.トランス差別への反対を明確に発信し続ける

 2.トランス当事者実態を正しく理解し、正しく発信する

 3.トランス差別悪化させないように、自身の「懸念」をもっと明確に言語化する

以上のことをするべきかと思います

松浦氏自己弁護ばかり繰り返さず、自分言葉引き起こし帰結としっかり向き合ってください。

曲がりなりにも「政治家であるならば、自身発言責任を持ってください。

最後一言

差別解消法について議論する目的は、実際に起こっている差別を解消することです。

もしも差別解消法について議論することが、差別悪化させてしまうとすれば、それはまったくの本末転倒です。

あくまでも目的差別解消であり、法律はその手段しかない。議論する際には、この前提を忘れないようにしていただきたいと思います

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