その頃は、人が携行して持ち歩ける地図といったら、本当に文字通り紙の地図くらいしかなかった。
だから当時、地図を持たずに見知らぬ土地で道に迷ったら、取るべき手段は公衆電話を探して知人にヘルプを求めるか、そこら辺を歩いている人に訊くしかなかった。
そんなある日、初めて行く場所なのに、迂闊にも最寄りのバス停の情報しか聞いてなくて、まあその先は誰かに訊けばいいやと思って、その通りにした。
返ってきた答えは
「そこのT字路を左に行けばすぐ」だった。
しかしそのT字路は左ではなく右に行くのが正解だったのだ。
自分だったら絶対にしようがない道案内のミスを、あのおばちゃんはナチュラルにやらかしやがった。
この事実が個人的にはにわかに信じ難くて、ずーっと引っかかっていた。
それがここ数年、人間の多様性というものに光が当たるようになり、最近やっと、なぜあのおばちゃんがあんなあり得ないミスをしたのかも納得するに至った。
おそらく、方向音痴だったのだろうということに。
きみ、いま不法侵入した? 防犯カメラに映ってるぞ