2019-04-01

約3年ぶりに二次創作を書いてみてとても幸せだった話

タイトルの通りなんだけど、久々に推しCP小説を書いてみたら、むしろ書けて幸せだったなあというぼやきです。

ジャンルWeb発の某国擬人化漫画ちゃんフェイクしても良かったんだけど理由は後述)。

アラサーの私が出会ったのは10年近く前のこと。

流行っているジャンルだしちょっと見てみるかと原作サイトを訪れすぐに夢中になった。

それから毎日通い詰めて、何か動きがあればF5キーを連打しながら更新を待って。

ブログにアップされた落書きひとつで大騒ぎしては、個人サイトで、twitterで、スカイプでひたすら考察して語って。

何よりも、深夜にバイトから帰ってきて明け方まで毎日創作していたあのかけがえのない時間。本当に楽しかったなあ。

同人イベントにもいっぱい参加した。死ぬほど本を買って自分でも出した。

個人サイトでは長期連載したり連日更新したり好き勝手して。途中から支部に移ったけどあの数年は常に何かしら書いていた。

私はもともと「創作先行型」でなく「推しCP(作品)先行型」。しかもかなり範囲が狭いタイプ

オタクとして目覚めたのが小学生高学年の頃で、それからいくつもの作品にハマってきたけど自分創作したジャンルは片手未満。

中でも1年以上書き続けられたのは推しCPぐらい。

たいていが妄想せず原作で満足するか、既に書かれた二次創作を読んで終わるだけ。

有り難いことに素晴らしい作品がたくさんあったから。

推しCPジャンルジャンルだし、キャラ達の関係歴史を辿ればいくらでも妄想できるのも強い。

でも一番の理由は、やっぱり運命出会いみたいなものだったんだと思う。

から就職して生活環境が変わっても(さすがにペースは落としつつ)書き続けていた。

ただ、いつしか自然と「あ、この二人今は付き合っていないな」と感じることが増えた。

いやそもそも原作でも明言されてるわけじゃなく、勝手妄想してただけなんだけど…

あくま二次創作する自分の頭の中で、の話です。

推し達は人間と違って長い時間生きる存在から人生(国生?)のうち恋をしない期間もあるかもしれない。

そのままずっと友人だったり家族だったり別の形で仲良くやっていくかもしれない。

それともいつかまた恋愛関係を築く時がくるかもしれない。

でも少なくとも今は、私が妄想したり創作したりしなくても楽しそうにやっているなあ。

…といった感じ。

実際、その「いつか」が来るまではいくら書こうとしても全く書けなかった。

まあ時期じゃないと割り切ってたけど、このまま完全に終わるのかなという寂しさも正直あった。

からジャンルが変わっても楽しそうに創作を続けている友人達が羨ましかった。

そこから約3年。

ほぼROM専として過ごしていたんだけど、去年の秋頃ジオシティーズサービス終了を知り久々にPCの前へ座ってみた。

やっぱりスマホよりもこっちの方がなじむなあ、なんてブクマの一番上をクリックしながらコンテンツを辿っていく。

結婚妊娠出産を経て二次創作どころか原作すらご無沙汰の日々だったから、見慣れた筈のそれらがひどく懐かしかった。

堪らなくなってキャラソンやアニメDVDを引っ張り出してきて、世界一大好きな推しドラマCDを聞いて。

ふと頭に浮かんだ二人の間には確かに愛があった。そしてその世界に、再び私もお邪魔させて貰っていいかなと思えた。

それから7000字ちょっと短編を書くのに数カ月、でもお陰で最高に幸せ時間を過ごせた。

私はプロットを立てずにまず書いて次を考える派なので、改行する度に「書きたいこと」がどんどん繋がっていく感覚がもう堪らなくて。

原作のこの世界観が、描写が、推し達のこういうところが素敵で愛おしいんだよとこれでもかと詰め込んで。

書き上げた時には更に推しCPを好きになっていたし、それ以上に原作出会えて本当に良かったと思った。

好きという気持ちを丁寧に形にするのって、こんなに気持ち良いことだったんだなあ。

まだまだ書きたいネタがあるから、もう暫くこの幸せ時間が続くと思うととても嬉しい。

2019年4月1日

ありがとうキタユメ。そしてひまさん。

これからもどうぞよろしくね。

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