2019年03月31日の日記

2019-03-31

anond:20190331233416

仁は通字になってるし無さそう。

昔はインターネッツで配ってるものは全部タダだった

いつからだろうか、こんなに金にうるさくなったのは

anond:20190331233755

離婚してあげてさんて、

繊細そうな方ですよね。

ミタメトークマインドコントロール

まぁさ。この世の中、顔面偏差値は確かにある。平等だの個性だの言うた所で、顔が良かったりスタイルが良かったりで得することは多い。表面の第一印象なんて、誰にでもあるもんだ。

両親は、普通に愛情あるならドブスでも可愛いと思い言うて育てるが、ある程度の年齢になると子供自分顔面偏差値自己判断していく。集団生活とかでね。

無邪気を盾に、言わなくても良い事を言うヤカラも増える。

なんだけど!

私の知り合いは、幸か不幸か能天気か。

蝶よ花よ。世界で一番可愛いの。と、育てられた。食べ物洋服も、全て似合うわ!と求めるまま与えられた。ヤカラから何か言われたと告げ口したら、アナタ可愛いから嫉妬してるのよ!と、言われ続けて成長した。

彼女は、今も似合いもしないピンクのヒラヒラとミニしか持ってない。そしてぶりっ子

私が1番可愛い!私が1番云々と週3で合コン、相席、紹介でスケジュールが埋まってる。

最近彼女の口癖は

男って、見る目ないよね〜

だ。

言い過ぎって恐ろしい。

お前たちが田舎育ちとか都会育ちとか言うから

カードワースやりたくなったじゃん

anond:20190331233648

俺も

あの頃何してたかなって思い出せないんだよね

いじめ被害者でもいじめのことを忘れる

よく「いじめについて、被害者の側は絶対忘れない」というが、元被害者自分は当時のいじめのことをほとんど思い出せない。

自分小学校1-4年でひどくいじめられていたらしい。

時折親から当時は大変だったと聞かされたり、小学校卒業アルバムに「たくさん勉強して見返してやりたい」と書いてあったりすることから、少なくともその時はずいぶんいじめっ子を恨んでいたんだと思う。

ただ当時の記憶ほとんどなく、唯一覚えているのは小一の時にノートを取られて小便をかけられ、そのノートを持って泣きながら担任先生に持って行ったことくらい。

今でも他人いじめの話を聞くと嫌な気持ちにはなる。でも自分いじめ被害記憶や、それを土台にした恨みのようなものほとんどわからなくなってしまった。

おそらくその後の人生を過ごすに当たって、自己防衛的に記憶ロックがかかっているのだと思う。

いじめについて、被害者の側は絶対忘れない」という話が多いので、ふとこんな風にいじめ記憶封印されてしまった他のいじめ被害者はいないのだろうかと気になった。

永、応、仁が使われてなかったら俺は平成の間は書き込みしない

お前らも予想しろ

anond:20190331231904

嫌われる勇気だな。

父親なんて子供から嫌われてなんぼだよ

怒鳴って殴って躾けしろ

第六感

今日はシコったほうがいい気がしてきた

そっかぁ

好きな人がいてラブラブならその方とどうぞ。

ヨカッタネ

anond:20190331231454

永明がいいと思ったらすでに中国で使われていた。

ていうか2文字目と4文字目の音が「い」になって平成かぶるからいか

イレギュラーな事をテンションあげて頼んでくる奴

初回は良いけど、複数回来ると結構イラっとするな…

自分も似たような頼み方をしてしまうから多分こんな感じなんだろうな。

まあ、当たり障りのない頼み方なんてなく、

頼る前に自己解決、もしくは、体制を事前に話しとけって話だけど。

田舎者貧乏人に罪悪感を持つ話

大阪で生まれた。

母は未婚だった。

母は、決して悪人ではなかったが、(おそらく)知的障害を持っていた。

主に私の世話をしてくれたのは近くに住む優しい叔母だった。年に一度ほど会う、父親から送られてくる相場より多額の養育費けが生活の頼りだった。

所謂貧困であったのだと、今ならわかるが、周りには似たような家庭ばかりだったので、これが普通だと当時は思っていた。

当時の私の世界は、いわゆる「低学歴の世界」だった。

隣に住んでいて、慕っていた年上のお兄ちゃんは、親につけられたという根性焼きの痕があった。

育児放棄されていて、給食が唯一の生命線だというクラスメイトがいた。

喧嘩沙汰で歯が折れ、治す金もいからとそのままにしている先輩がいた。

友達シンナー中毒おかしくなった。

叔母の娘は中学生妊娠した。

学級崩壊なんか当たり前だった。

酒にタバコシンナー暴行レイプ

どこを見ても貧しさと無教養で溢れていて、私はそれになんの違和感も抱かなかった。

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中学二年生の秋、母は交通事故で死んだ。

私は一ヶ月ほど叔母の家に厄介になった後、23区内に住む父親の家に引き取られた。

父親独身で、祖父代表社員だった監査法人に勤めていた。

そして、転入した地元公立中学に通い始め、カルチャーショックを受けた。

まず授業が普通に行われて、それをみんな普通に受けていた。

非行に走る生徒もいなかった。

虐待育児放棄なんてどこにも存在しない、理性的で正常な世界がそこにあった。

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父の勧めで、私は意味もわからないまま高校受験に備えた。

幸いにして、叔母が勉強を度々教えてくれていて、勉強自体は好きで、成績も良かった。

日々終電近くで帰ってくる父だが、休日なんかに勉強の面倒を見てもらうことがあった。

そして、父の母校である某有名私大付属校に合格し、私はさらなるカルチャーショックを受けた。

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その高校は、港区公立中学より、数段「高学歴の世界」の純度が高かった。

有名企業経営者役員政治家医師なんかの子供がずらり。

大多数のサラリーマンでも当然役職付きの大企業勤務。

小学校受験し、代々その学校に通っていたりする家柄の人もいた。

わたしの居た世界では、中学受験ですら初めて聞くようなことなのに、私立小学校受験する人がいる、ということを初めてここで知った。

文化的レベルも高く、趣味の絵がコンクールで大賞を取った人もいた。

海外旅行経験があるのは当たり前のこと。

人が人を何の躊躇もなく信頼できる世界

彼らは「低学歴の世界」を一生知らないまま生きていくんだと思う。

なんとなく違和感を感じながらも、私は必死に「高学歴の世界」に適応し、馴染んでいった。

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高校の成績は良く、医学部に内部進学できるほどだったが、公認会計士になりたかったので、商学部に進学した。

高学歴の世界」の純度は高いままだった。

彼らの大半は「田舎者貧乏人」を知らない。

知っていても自分がなったことなどないだろう。

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私は田舎者貧乏人に罪悪感を持つ。

私が本来居るべき場所はあの大阪の薄暗いアパートの一室、荒れた世界だと。

父に買い与えられたタワマンで、幸福暮らしを営むことは間違っていることだと。

私と「田舎者貧乏人」の何が違うのだろうか。少し運が良く、「高学歴の世界」に突っ込まれただけの私。

「当たり前」とはなんなのだろうか。世界の壁をダイナミックに移動させられてしまった私には分からない。

私はもっと不幸になるのが当然なのだ

私は、生まれ持った素晴らしい環境を当然のことだと享受できる気持ちがわからない。

私は田舎者貧乏人に、私が本来なるべきだった人たちに、罪悪感を持たなければならないのだ。

anond:20190331231454

漢字2文字かつ漢籍典拠とする、そしてローマ字頭文字のMTSHを除く(予想)っていうんだから相当限られるはずだが分からないものか。

anond:20190331232117

また、離婚してあげて厨が!人の家庭を壊そうとしているー。

今夜0時からぽぷてぴぴっく

あべまTVで専門チャンネルでやるってよ

anond:20190331231904

なんだかんだで、お幸せそうで良かったぁ。

増田さんがニコニコなさってたら、自然にまた仲良しになれないでしょうか?

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