2018-12-31

ありふれた忘年会の翌朝の感想

友人たちとの飲み会。あれこれ事前に話したいことに思いを巡らせていたせいか、思惑と違うことに僅かな戸惑いを感じながらも二次会まで楽しく騒いで過ごした。

明くる朝は祭りのあとの最悪な気分でベッドにしばらく横たわっていた。人とあって話せば話すほど孤独感が増す。それぞれの考え方とそれぞれの人生があり、みんなが肯定的に生きていることは喜ばしいことのはずなのに、寂しさや期待はずれを感じている。視線は随分と離れて、すれ違ってしまった。

結果でしか理解してもらう材料提供できない。当たり前だが、そうではないことを期待してしまっていたのだろう。だからこそ孤独なのだ依存がなく、互いに独立して成立しているのだから六本木プログラマ風のサラリーマン同士の食事中の会話に感じるよそよそしさと同類のものだ。

一人の人間として自立すればするほど、友人や仲間との付き合いがつまらなくなるのかもしれない。相手が退屈なのではなく、依存が無さすぎるから

生活仕事仕事に関する考え方は相当に独立し自立してしまったが、対人に関してはあまり変化なく、依存的な態度のままなのだろうな、自分は。それが自分にとっての面白さの要なのか。

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