父が失敗した司法試験に合格できるようなギリギリのラインの大学だ。
某宗教にはまっている、両親から離れたかった理由としてはもっともらしい
理由にできたということもある。
ダブルスクールで勉強もしたが、司法試験には4年受けて1次通過がやっとだった。
そのうち、司法試験の制度が変わることになり、父と同じく弁護士の道は諦めた。
士業の予備校の非常勤講師をやり、そのうち介護関係の法務部に就職した。
特に不満はなかったが、会社のお局さんと打ち解けることができないという
致命的なコミュ力のなさから、会社も1年そこそこで退職することになった。
もう、何もやることがないと思い、失礼ながら楽そう、頭つかわなさそうという理由だけで、
警備員の求人に応募した。面接に行った時にはすでにシフトが決まっていた。
一番トップが、施設警備といい、みなさんが働いている大きなビルの警備員室でモニタを眺める仕事だ。
続きが雑踏警備でこれはイベントなどの警備を行う。まぁ立って声が出ればよしの仕事だ。
最下層が工事警備だ。これは雨天であろうがなかろうが、早朝・深夜の道路の片側通行を速やかに行う
為に不可欠な仕事で僕はこれをやらされている。
入ってすぐの相方は、ベトナムだったかアジア系の人で日本語がほとんど通じなかったが笑顔が素敵だった。
ある時、クルマがベトナム人の方からわたしの方に侵入してきているのに、
トオシテイイヨーというので、こちらのクルマを通したところ、正面衝突になりかけたことがある。
これでもクビにならないような仕事だ。
年末、年度末にかけて、寒くなると僕たち私たちの出番が増える。
昨日も一昨日も工事をやっているおっさん達に邪険にされつつ、立ち続けている。
子どもが「あ、おまわりさんだ!!」とはしゃいでいたら、
おかあさんが「あれは、ただの警備員さんよー」って答えていた。
気がついたら、クリスマスの日に46歳になっていた。