2018-11-15

日本語英語もたいして変わらないという気付き

日本の一番長い日」という映画を見てた。大東亜戦争終戦間近の内閣陸軍天皇周辺に関する話だ。最初ふつうに見てたんだけど、どうもうまく聞き取れない。よくわからないということで、洋画を見てよくわからなかったとき英語字幕ONにするがごとく日本字幕ONにしてみた。

するとどうだろう、日常的に使わないような語が飛び交っていたのだった。そして字幕をつけるととてもよくわかる。これはすごくおもしろ体験だ。

「昨日の陛下のご発言のことだ。勤王には2つある。狭義と広義だ。狭義の解釈では陛下より "和平せよ" との勅命あれば、これに従う。広義の解釈では国家永遠を考える。たとえ陛下より仰せあるも、まず諫言し奉る。それでもお許しなくばどうする?どうする?どうする?」

強制し奉りても所信を断行すべし!」

貴様名前は?」

椎崎二郎であります!」

「よく言った椎崎中佐強制し奉りても所信を断行すべし、余はこれを取る!君たちはいかに心得る?」

「積極は如何に努めても猶ほ神の線より遠しであります!」

文字で見ればそりゃ意味はわかる。「積極は如何に努めても猶ほ神の線より遠し」とかは「どんだけがんばってもまだまだ足りないよ〜って意味かな?」という感じだが。途中「長沙作戦」などという語もあったが、ぼくは軍事オタクとかではないので「調査作戦??」というように思っていた。

それで思ったことは「日本語も英語も変わらんな」ということだ。要はわからんもんはわからんし、わかるもんはわかる。日本語が英語と同じように、十分外国語のように見える。逆に英語日本語のように見える。ただ英語の方がわからないことが多いだけで。この感覚はすごい。つまりぼくにとって日本語はまだまだ、英語運用能力を伸ばすがごとく向上できる代物であるし、逆に英語現在日本語での実力のところまで持っていくこともできなくはないという希望にも見える。

からなんだという話かもしれなくて、なんというかうまく形容できないのだけど、ともかく言語というのはおもしろものだ。

記事への反応(ブックマークコメント)

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん