2018-11-11

夏の時間の終わり

配送仕事が遅くまで続いた日は近所のコンビニ唐揚げ弁当チューハイを買って胃に流し込んでから寝る。ケイタはずっとそうやって暮らしてきた。今日もそうやってベッドに体を沈めよう、そう思って帰った部屋には万能家事ロボット「キョウコ」がいた。

 

※ ※ ※

 

「始めましてケイタさん。万能家事AIロボのキョウコです」そう話しかけられてケイタは思い出した。先週スマホSNSで見かけたロボットモニターに応募したのだった。広告など普段は見逃すのに、ロボットの薄い緑色の瞳と淡い栗色の髪に惹かれてしまった。そして目の前に少女の姿で現れたそれは生き生きと動いていてとてもロボットとは思えない。

 

ケイタさん、お食事は買ってきたんですか?」ロボットに話しかけられて、ケイタは「あ、はい、いつもこれなんです…」と曖昧に返事した。そういえば部屋に帰って誰かと話すなんて慣れてない。いくらロボットとはいえ誰かが見てる前でいつものようにスマホ片手に食事するのも変だ。なんだか落ち着かない気分で黙々とご飯を食べる。自分にはロボットとの生活は向いてないんだろうか。

 

「あの、お風呂入るんですけど」食事ケイタロボットに言った。「はい、お背中しましょうか?」ロボットは躊躇なく、にこやかに答えた。笑顔が眩しい。「いや、あの、やっぱりいくらロボットでも女の子がいる前で着替えるの恥ずかしくて、どうしようかなって思ってて…」ワンルームの部屋には隠れて着替えする場所はない。女の子ロボットに来てもらったはいいが生活をどうするかなんて全く考えていなかったのだ。

 

はい、失礼しました。では本日はこれでお休みさせていただきますね。」少女は答えると、部屋の隅の3Dプリンター場所まで移動した。この前のボーナスで買った最新モデルで、小さな冷蔵庫くらいの大きさの物ならネットからデータを読み込んで数分のうちに組み立てる高性能モデルだ。「明日は朝からお伺いします。朝食はお作りしますか?」

 

お願いします、とケイタが答えると、少女おやすみなさい、と一言そえて3Dプリンターの樹脂ボックスの中に立った。カタカタという静かな音と共に少女は樹脂ユニット還元されていった。そうだな、あれはやっぱりロボットだったんだ。ケイタは妙に納得して、シャワールームへと歩いた。明日トーストがいいかな。ケイタパンの袋を棚の奥から前に出した。

 

※ ※ ※

 

「ケータ最近元気そうじゃねえか」運転席の西田先輩にそう話しかけられて、少女が来てから自分の変化に気づいた。「彼女でもできたか?」

「いやぁ、先月あたり家事ロボットが家に来てですね。生活リズムが整ったからですかね」

「へえ、よく聞くやつ。あれやっぱ便利なのか?」

「便利っていうか、生活に潤いが出ますよ。家に帰ると誰かがいるって思うと」

「ハッ!こりゃ当分結婚できねえな」

西田先輩に言われたくはないですね。と、軽口を言い返したものケイタの心に引っかかるものはあった。家にいる少女はやっぱりロボットだ。いつまでも頼っていたら彼女結婚も遠くなるばかりだ。今の自分は、まるで家電名前をつけて愛情を注いでいる哀れな独身男性じゃないか仕事を終えて少し肌寒くなった空を見上げながら、ケイタは考え込んでしまった。

 

「おかえりなさい。今日ケイタさんの好きな麻婆豆腐ですよ」家に帰るとロボットがいつもどおり夕飯を作ってくれていた。いつも今日あったことを話しながら楽しく食事をしている時間だが、今日からケイタは一人の生活に戻ることにした。スマホを片手に黙々と食事を取る。ロボットはいつもと違う雰囲気を察して、今日なにか嫌なことがあったのか、食事が気に入らなかったのか、など話しかけてくれたが、ケイタが何も喋らないところを見てやがて黙り込んでしまった。

 

「すいません、明日からまり喋らないようにしますね」ロボットはポツリと言った。「ああ、そっちの方が楽だね」ケイタスマホから目を離さず答えた。「必要なことだけ話してくれればいいか

はい、わかりました。今日は後片付けだけしたらお休みさせていただきますね」ロボットはそう返事したあと、一言付け加えた。「あと、明日モニターの最終日です。延長して契約いただけるようでしたら、アンケートに延長の回答していただけますか?」

 

モニターの期限は1ヵ月だったことをケイタは思い出した。これでもう終わりにしよう。ケイタは延長しないことをロボットに伝えた。ロボットがどんな返事をしたのかは覚えていない。ケイタはまるで味のしない麻婆豆腐を掻き込み、シャワー室に行った。

 

※ ※ ※

 

次の日は朝から小雨だった、体が芯から冷え込む。いつものトーストを平らげて出勤しようとすると、ロボットが声をかけてきた。「今日最後ですね。利用延長はしないことをセンター申請しました。でも、」ロボットが続いて語りかける。「もし気が変わったら、今日の夜11時までに、直接私に伝えてください。スマホから申請できなくても、私なら申請できます。」

ありがとう、でも延長はしないよ」ロボットにそう伝えて、ドアをあけた。ロボットは少し寂しそうに頷くと「了解です。今までありがとうございました。ケイタさんと1ヵ月過ごせて楽しかったです。」

そう答えた。

 

雨は昼を過ぎると本降りになってきた。道路が少しずつ混み始め、配送作業も思うように進まない。運転席の西田先輩も少し苛ついているようだった。「これじゃ寝る頃には日付変わっちまうじゃねえかよ。ケータには世話してくれる彼女いるからいいけどよ」

「いや、ロボットモニターもう今日で終わりなんですよ」

「まじかよ。寂しくなるよな。1ヵ月も一緒にいたんだろ?」

いやロボットですから。そう答えたものの、今までの1ヵ月、家に帰れば少女がいる生活にすっかり馴染んでいたことにケイタは気がついた。このまま少女を喪って、本当によかったんだろうか?

ロボットっつっても一緒に過ごしてりゃ家族みたいなもんだろ。俺の愛車みてえなもんだ。モニターったってせめて期間延長とかさせてもらえりゃいいのになあ」

その権利はつい昨日自分で捨てたのだった。いや、まだ間に合う。今日の夜11時までに、家に帰って少女に告げるのだ。もう少し君と過ごしたい。

 

日が暮れて雨は一層強くなってきた。荷物はまだ残っている。道路渋滞し、赤いテールランプが蛇のように列をなしている。家に11時までに帰れるだろうか?ケイタは少しずつ焦ってきた。最後荷物を届け終わったとき時計10時を過ぎていた。事務所パソコン日報を書き込むと、ケイタは矢のように事務所を飛び出した。今から電車に乗れば11時5分前に駅につく。そこから走れば間に合う・・・

 

しかし家まであと一駅のところで電車は突然停止した。先行車両の遅延が原因らしい。どうにか間に合ってくれ。スマホを握りしめたケイタ祈りも虚しく、電車の中で時刻は11時を過ぎていった。

 

※ ※ ※

 

ケイタはのろのろと暗い部屋を開けた。もう扉の向こうにキョウコはいない。ようやっと電気をつけ、すっかり濡れた服を脱衣所に放り込んだ。「キョウコ・・・ケイタは思わず一人呟いていた。「もう少し、君と暮らしたかった・・・

「おかえりなさい。お背中しましょうか」聞き覚えのある声が部屋の奥から聞こえてきた。まさか。もうキョウコはいないのに。そう思って振り返ると、そこには見覚えのあるキョウコの姿があった。

「キョウコ!11時になったらいなくなるんじゃなかったのか?」ケイタは驚きの声をあげた。「よかった、まだ間に合うんだ。延長したい、いや、ずっと一緒に暮らしたいんだ。いいかい?」

 

「もちろんです。ありがとうございます!」キョウコは晴れた空のような笑顔で答えた。「だって、まだ9時過ぎですから。間に合ってくれてよかったです。」そう、部屋の時計は21:21を指していた。ケイタはすっかり忘れていた。去年からのあの法律のことを。

 

20XX年、何度も廃案になったサマータイム法が成立した。その年から1111日 午後11時は2回時を刻む。

anond:20180906085723

記事への反応 -
  • 1999年流行った2000年問題小説みたいなの書いてくれんかな、リアリティSFでさ。 確か当時日付が最も早く2000年を刻む日本から大規模障害に見舞われててロシアの旧ソ連コンピュータが暴...

    • 配送の仕事が遅くまで続いた日は近所のコンビニで唐揚げ弁当とチューハイを買って胃に流し込んでから寝る。ケイタはずっとそうやって暮らしてきた。今日もそうやってベッドに体を...

    • サマータイムで時計を早めた分、ウィンタータイムで遅くしないと不公平だよな

    • 小説だと、夏のある時間?を表現するのにサマータイムと書いてるものがあるみたい。 夏時間あるいはDSTのほうだよね。 小説検索 || 小説を読もう! https://yomou.syosetu.com/search.php?word=%...

    • ヴァンパイアサマータイム!!!!!!!!

    • サマータイムトラベラーって小説あった気がする 内容は知らんが

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      • メイドロボットがある世界観なのに、牛乳配達もあるのか…

        • ホントに集中してんの?ってくらい長時間ヘッドホン付けてたとか?

      • フェリーの時刻表は「19:35発~7:35着」と書かれてるだろうから刑事の発想がおかしい

    • ジュール・ヴェルヌの『80日間世界一周』でそういうトリックが使われてなかったっけ?

      • あれはサマータイムではなかったな。世界一周したら時差の蓄積がちょうど1日分たまったという話。(で、すぐにはそれに気づかなかったという話)

    • ガーシュウィンの『ポーギーとベス』 Porgy and Bess

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