2018-09-18

神輿への参加の敷居はもっと下げた方が良いのでは

成人してから初めて神輿を担がせてもらった。

私はコミュニケーションが苦手で、人の和から拒絶されることに対して必要以上に恐怖を感じているような性格である。そんな私ではあるが、ご近所さんのご縁で神輿を担がせてもらうことになった。周りは屈強な伊達男が多数で、顔なじみ同士でグループができている。知り合いがほとんどいない私は、他の人とは馴染めないまま、神輿を担いだり、休憩時間を過ごしたりした。

観客の多い通りでは、周りの担ぎ手のヒートアップとともに、自身の気分も盛り上がりなかなか楽しめた。さらに一人で過ごしていた私に優しく接してくれる方もいて、普段知り合うことのない方と少しながら交流でき、参加して良かったと思えるところもある。また、花形である担ぎ手をこんな新米にまわし、裏方に徹して頂いた方に対しては感謝しかない。

だが、正直なところ楽しいことよりも苦しさの印象が強く、次回参加したいかと問われれば消極的である

まず神輿が重い。担ぎ手が不足している状況下で、あの重さを担いで練り歩くのは、苦行とも言える。不慣れな私は肩が腫れ、肩の皮がむけてしまった。神輿に興味を持たれた外国の方が参加されていたが、同じ印象を持ったのではないかと思う。

次に拘束時間が長い。丸2日を費やした。根からお祭り好きではないと、かなり長い時間に感じるのではないだろうか。

最後に、既存集団の和に入る敷居が高すぎた・・・これは私のコミュニケーション苦手意識によるところが大きいのだと思う。もう少し会話を増やせれば、もっと楽しい時間を過ごせただろう。

高齢化エンタメの充実で、日本全国で祭り担い手が不足する問題は今後ますます深刻になっていくだろうし、もっと初心者でも楽しめる工夫をしていけないだろうか。

例えば、神輿を軽くしたり、スポットで参加できるようにしたり、参加形の観光イベントにしたり、男女の出会いの場にしたり・・・

古くから伝統を守ることが大切なのも理解できるが、文化の存続を考えるなら変化も必要だと思う。

伝統理解しきれていない新米サイドの意見ではあるが、実際、こういった変更は今まで続けてきた人にとっては受け入れがたいものなのだろうか・・・

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