2018-09-11

ずっと自分は金がない普通の家の人だと思っていた

 小中は公立を出た。田舎に育ったので、レベルの高い公立校に行けない子がいく、レベルの低い私立高校を出た。で、適当に入れた私大入学した。その間、一切勉強しなかった。いや、一度だけ中3の一月に焦って受験勉強をした。もちろん間に合わず志望校は落ちた。が、少しだけ遅れて成果が出た。高1の夏の全国模試偏差値70を全科目で超えた。その後、全く勉強せず、遅刻サボりを繰り返して何とか卒業した。

 大学受験は家から一番遠いという理由だけで、大学を選んだ。入れた私大偏差値はたぶん50くらい。今は少し上がったらしい。

 中学の成績がいつも真ん中あたりだったので、自分偏差値50あたりの、いいかえれば「普通の人」だと思っていた。大学を出たあと、仕事を少しして、海外大学院を修士だけ出て、いま旧帝大博士課程にいる。その間、趣味でつくった文章編集者の目に止まるなどして、急に、環境が変わった。周囲の社会階層が上昇していって、いまは、いわゆる上級国民ばかりになった。友人たちは教授医者弁護士官僚大企業役員の子弟で、就職先は公官庁大企業ばかり。英語は出来て当然で、みなドイツ語フランス語もできる。ぼくは語学が苦手なので英語しか出来ない。あとはせいぜいギリシア語ラテン語辞書を使って読める程度だ。

 博士課程にいるが、学振に落ちたので、翻訳仕事などをして日銭を稼いでいる。先日、単身赴任から帰ってきた友人にあった。月収100万超の彼は飲み仲間で、バカ話をしては呑んで終わる間柄である。その中で、社会資本やら教育格差の話になった。なんとかしたいと思いつつも、何をどうすればいいのか分からない。

 大阪底辺中学校生徒の家庭教師をした友人いわく「家に本がない」子も多いと聞いた。当然、本棚もないのだろう。その家の子は、親からスマホの従量欲しさに殴られて、端末を取り上げられたこともあるらしい。

 大学全入時代というが、実際には、半分の人の選択肢しかない。偏差値など、その半分の中での曖昧な目安にしか過ぎない。しかし、そこに象徴される社会的分断は、想像しているよりも大きなものなのだ。たとえば「ラフマニノフ」と聞いて、ぼんやりとでも芸術関連のことばだと気付くか否かは、どうしても環境に寄るのではないか、と小説家の友人が言っていた。そうかもしれない。そういえば、ラフマニノフは一枚も持っていない。

 ぬるいオタクでもあるので、趣味仲間にはいろんな人がいる。それはすごく楽しい。同時に、恥をかくこともある。ネット仲間の知り合いで初めて会った人が「工場勤務です」というので、研究開発だろうと思って話していたら「ライン作業です」と言われてしまった。自分想像力の無さを恥ずかしく思った。

 親はよく「金がない、金がない」と言っていた。小4のとき引っ越してきた友人の家は金持ちだった。ずっと連絡していないが、誰もが知るPCサプライメーカー社長だった。また父親の友人に、趣味クルーザー釣りに連れていってもらったことがあった。父の友人には、ニューヨークの画商や官僚がいた。彼らに比べれば「金がない」という意味だったのだろう。たしかバブルの頃に、毎週、生け簀のある料亭で食べていたし、家にはマッキントッシュ真空管アンプが数台あった。祖父現金で、さらっと一億用意するのを見たこともある。ごく幼い頃の記憶だ。

 ずっと自分は金がない普通の家の人だと思っていた。無論、何が普通かなどわからない。ただ努力をしないまま、適当大人になった。結果として自分が貧しくなることは覚悟していたが、それ以上に、社会崩壊していく速度のほうが速かった。社会資本がなんちゃら、教育資本がうんたらかんたら。ニュースで見かけ、たまに出会う、自分の「普通」とは違う人々について、チャラチャラと考える。何とか人の役に立てるようになれないだろうか。答えは出ない。

  • anond:20180911075839

    金持ち親が「金がない」って徹底的に言い聞かせるのってあれよくないよなあ。 与えられるだけ与えられて育ったタイプの金持ちの奴はみんなびっくりするくらい天真爛漫な良い奴だっ...

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