2018-07-10

少し迷惑に感じる気遣い

エレベーターで多くの人が同じ階で降りるときに、誰か一人が開くボタンを押して他の人が降りるのを待つという気遣いがある。

そのこと自体普通にありがたいと思うんだが、エレベーターに2人で乗っている時にそれをやられることが妙に多く、少し迷惑に感じてしまう (本当に少しではあるが)。

2人しかいないんだから気を遣わずにさっさと降りればいいんだよと思ってしまう。

俺が後ろにいて、もう一人が前にいて、前の扉が開いて… 何も考えずに降りればいいものを、わざわざボタンを押して俺が降りるのを待っているのだ。

エレベーターのドアが閉まるのがそれほど早いってわけでもないから、これは全く意味がない行動だと感じてしまうし、

なんなら、ボタンを押して待たれてしまっては会釈しながら早歩きで降りる感じになるわけだから自分のペースで気楽に歩きたい人間からすればむしろ迷惑ですらある。

はいえ、相手の考えを理解せずに勝手批判的になるのも良くないのではないかと思いいろいろな理由を考えてみたが、納得のいく理由はみつかっていない。

勝手想像するに、おそらく特に考えずに何となく譲っているような気がするのだが、想像の域を出ない。

まりにも理解できないので、何とか気持ち理解しようと俺も試しにやってみているのだが、

譲られた相手会釈して降りていくのが何となく気持ちが良いというのと、実質的に何の親切も受けていない相手意味もなく 会釈 アンド 早歩き させてしまって申し訳ない気持ちの2つがあり、

2つ合わせるとプラマイゼロ、というか、申し訳ない気持ちが若干上回ってちょっとマイナスくらいの気持ちになる。


エレベーター場合に限らず、見通しの良いガラガラ道路で車に道を譲られた時にもほぼ同じ気持ちになる。

道を譲らずにさっさと通り過ぎてくればこっちは気楽に渡れるものを、わざわざ感謝しつつペコペコしながら小走りで渡ることになる。

当然、この場合交通量が多くてなかなか道を横切れない状況でわざわざ止まって譲ってくれるのは大変ありがたいと感じる。

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