「クリスマスどうするの?」
退社間際、月島君が私を呼び止めた。彼は右手で車のキーホルダーを振り回し、ちゃりちゃりと鎖を鳴らしている。
「もう来週末だよ。何か予定ある?」
「家で妹と過ごすわ」
「去年もそう言ってたじゃない」
「そうだっけ。良く覚えてるわね」
「去年も誘って断られてたからなあ」
街灯の青白い光の下、彼は苦笑した。歯がやけに白い。
「どうしても妹さんと一緒に過ごさなきゃだめなの?」
「そうね」
「もし、予定が空いたら教えてね」
「悪いけど、空かないと思う」
「いずれにせよ、こっちの予定は空けとくから。それと、今日って金曜じゃない。今からちょっとだけ、どうかな?」 「ごめん、それもむり。いつもゴメン」
「わかってたよ。訊いてみただけ。週末も出来るだけ空けとくから」
「そんなことしてくれなくたっていいよ」
彼は私の返事を意に介さず、手を振ると、駐車場の方向に向かって歩き始めた。彼の背中は広い。私なんかに構ってないで、別の人を相手にすればいいのにと、思った。普通の若者らしいことを話せば話すほど、私には彼が、遠い別の世界の人間のように感じられてしまう。
クリスマス、と言われてみれば確かに街にはイルミネーションや飾り付けがなされ、スーパーマーケットではジングルベルが流れている。
イブの日は、例年通りなら学校の父兄たちが開催するクリスマスパーティにあろえと共に出席するのだろう。去年はうちを会場にして、随分前からみなで準備をしていたものだ。今年はそういえば、準備の手伝いに呼ばれていなかった。パーティには出席する予定でいるのだけれど。
「ああ、みなさん気を遣ってるんですよ」
あろえを引き取りながら深沢君にそれとなく尋ねると、彼はそう言った。
「えっ、気を遣うって、どういうことですか?」
「だって、八坂さんは働いてるでしょう? 他の方は大体専業主婦ですからね。準備はいいから、当日だけ来てください」
「でも、申し訳ないような。かえってパーティに行きづらくなりますよ」
「気にしなくてもいいと思いますけれど。あと、そうだ、伝言があったんです」
「伝言ですか?」
「もし何か個人的な用事があったら、あろえちゃんを一日預かっても良いって言ってましたよ」
今年の主催の奥さんが、気を利かしてくれたのだそうだ。私も年頃なのだから、イベントの日には何かとすることもあるだろう、と。
そんなこと言われても困るな、と答えかけて、ふと、さきほど月島君に誘われていたことを思い出した。もしあの言葉に甘える事が出来るのなら、私にも用事がないこともない。それならば、行ったらどうだろうか?
そこまで考えてから、月島君の誘いを案外まんざらでもなく思っていた自分に気が付き、恥ずかしかった。私は、そうだったのだろうか。
「何か、あるんですか?」
「いや、今のところ、何もないですけど……」
「大丈夫ですよ。今年は僕も出席するし、ちゃんと人手は足りてると思います」
「でも……」
「あ、どうしたんですか、顔が赤いですよ?」
「え……」
私は顔を抑えた。
「あどうしたんですかかおがあかいですよ」
窓の外を眺めていたはずのあろえが、いつのまにかすぐ傍に居て、唐突に言った。
そして、私の手を握ってくる。私はそれをきっかけに、深沢君に挨拶をして、慌ててその場を辞去した。
「困ったな」
「こまったな」
「クリスマスねえ」
「くりすますねえ」
「こんなことで迷うことなんか慣れてないからどうしたらいいかわからないよ」
学校からの帰り道。私は立ち止まり、あろえを振り向かせてから尋ねた。
「はい」
彼女がこんな風に即座に「はい」と答えるとき、話の内容を理解していたためしがない。
「あなたは寂しがったりしないのは知ってるけれどね」
「すごいぜたふびーむ、つよいぜたふびーむ……」
「結局は、私自身の問題なのよね。自分のこと決めるのって大変だわ」
「じゅうまんばりきだたふびーむ」
お互いに独り言を呟きながら歩いている姉妹をみて、通りすがる人はどう思っただろう。
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