サッカーの日本代表見てて思うんだけど、ハリルホジッチの頃に比べると戦術面では後退してるけど意思統一は出来てるように見える
それはなぜかって考えてたんだけど、ハリルホジッチと選手達は「物語」を共有できなかったのかも、と思い至った
多分、ハリルホジッチは戦術など論理的な「思考」を共有する事で、価値観を共有しようとしたなんじゃないかと思う
それに対して選手達はハリルホジッチと、「物語」を共有する事を無意識に望んでいたんじゃないかと思う
目標にたどり着く為の方法ではなく、目標へと自分達がたどる「物語」が欲しかったんだと思うんよ
でも、そんなのハリルホジッチからしたら想像の埒外で、多分説明されたところで理解できないだろう
背景にある文化、習慣の違いがこのすれ違いを生んだ可能性がある
仮にこの考えが合っていると仮定する
とすると、海外のやり方を日本に持ち込む際に、一旦「物語」に変換するという行程が必要なんじゃないだろうか
ヨーロッパの戦術やトレーニング方法を持ち込もうとして、上手く行ってない人の愚痴がネット上にはよく転がってる
抵抗勢力のせいでそうなってるっていう人が多い
でもそれって考え方が古臭いとかそういう事じゃなくて、海外のやり方をそのまま持ってきちゃってるからなんじゃないだろうか
共有できる「物語」を描いてそれを共有していけば、案外すんなり浸透していくんじゃないかって気がするんよね
つーかなんだかんだでリーダーが母国語なのはでかいよ サッカー黎明期は輸入監督もありだけど、これからは監督はどんどん自前でそろえていった方がいいと思う