2018-06-08

推し名前を忘れてしまった腐OLの話

ハンターハンタークラピカという存在に、脳の「腐」を司る部分をぶん殴られてから十数年、腐女子として生きてきました。

クラス友達がいなかった高校時代予備校の硬い椅子のせいで尻に青痣ができた浪人時代、「死んでも成果(賞)を上げろ」というゼミで啜り泣きながら論文を書き続けた大学時代ギリギリのところでいつも私の心を支えていたのは二次元推し達でした。

推しと一緒ならどこまでも頑張れる。どこまでも走っていける。

自分身体が弱いことなんかすっかり忘れた新社会人の私は、お気に入り香水やヘアミストを並べた棚に推しアクリルスタンドを立てて、「今日も頑張ってくるね」と話し掛け、毎日意気揚々会社に向かっていました。

「老舗の会社に入れた」という驕りもあり、密度の高い報告書いかに速く提出するか、グループワークでどうやって他のチームを叩きのめすか(自分のチームの案を採用させるか)、どうしたら同期の誰よりも早く大口契約を取れるか、頭の中はそんなことで一杯でした。

(私は過去経験から、頑張らないと、死ぬ気で頑張り続けないと、自分が深くてどうしようもない穴に落ちてしまうと信じている節がありました。)

レベリングする時間があったら、家で仕事して精度を上げたい」

今日は8時間勉強するまでTwitterは見ない」

契約取るまではアニメは見ない」

気付いたら私の隣に推しはいなくなっていて、ひとりで突っ走っていた私は痩せて目の下に黒ぐろとしたクマを作っていました。

そんな生活半年ほど続いた辺りから、何故か毎日不安不安不安で、言い様のない虚しさに襲われるようになりました。

すうっと冷たい、足元から立ち昇るような強い不安感は、そのうち酷い嘔吐や「文字が読めない」という形で身体に出ました。

自分香水香りで気分が悪くなる日もあり、気が付けば香水棚で微笑む推しに「行ってきます」を言う習慣も無くなっていました。

0655を横目に無言で化粧をして、何とか朝食を流し込み、ヒールを履いて、ずた袋のように重たい身体を引きずって駅へ向かう私は、完全にひとりぼっちです。

駅の電光掲示板文字も読めなくなっていたので、遅刻ギリギリ会社に滑り込むことも増えました。

それでも死ぬ気で踏ん張って仕事をしていたら、ある朝会社トイレで盛大に吐きました。さながらマーライオンでした。

涙と涎と吐瀉物と、痩せた腐女子役満です。

診断は案の定というか、うつ病でした。

負けず嫌い完璧主義で、社会性に難のある人間が、自分の心の拠り所を土足で踏みにじった結果です。

ちょっと駄目になってしまった」「助けて欲しい」と親に電話した時でも、本棚に飾った推しフィギュアは凛々しく、美しい顔をしていました。

電話を切った後、自分の中にあった、あの燃えるような推しへの愛着や思いがすっぽりと無くなっていることに気付きました。

鬱による記憶力の低下は凄まじく、あろうことか私は推し名前すら忘れていました。(名前長いし難しいんですよね)

推し名前も忘れてしまった自分が悲しくて、でも何だか可笑しくて、部屋の隅に置いたハンモックに揺られながらへらへら泣いて、あとどれくらいでこの地獄に親が迎えにきてくれるのか、そればかり考えていました。

その後、多少正気を取り戻した私は推し名前を取り返し、推しフィギュアは今、テーブルの上で静かに微笑んでくれています

名前、一度忘れしまって本当にごめんね。

あなたのその雄っぱいに埋まりながら大声で泣きたいと思えるくらいには回復しました。

ごめんね。ありがとう。大好き。

  • うんち

  • そうぜつだなーーー あなた、すごい努力家なんだね。 生きててくれてよかった。 推しの名前、思い出せてよかったねえ。

  • なんで女って自分の好きなものの名前を隠そうとするんだろう

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