2018-06-06

「5000人斬り」問題

『二度目の人生異世界で』については、なんというか話が錯綜しているので、自分の中であれの何が問題なのかを整理しておきたいと思う。

作者が差別発言をしていたこ

論ずるに値しない。非難されてしかるべきである

作品荒唐無稽であること

これについては『二度目の人生異世界で』がファンタジーであることを考慮する必要がある。

主人公が5000人斬りをしたのは異世界ではなく、現実世界だ」という反論があるかもしれない。だが、そもそも現実世界ならそこから転生して異世界に行くことなどできないのであって、「異世界転生もの」における「非異世界」は現実世界ではない。『聖戦士ダンバイン』の「地上」は異世界であるバイストンウェルに比べて現実世界により近い世界として描かれているけれども、そもそもオーラロードによってバイストンウェルとつながっている時点でそこは現実世界ではないのだ。でなければ、「地上」でオーラバトラーが普通に稼働して大戦争を繰り広げるようなことは起こり得ない。そういう世界観に対する好き嫌いはあっていいが。

異世界転生もの」のようなファンタジーでないのならば、作品によっては荒唐無稽さが非難されることは当然あり得る。例えば歴史小説においてストーリーのために史実を曲げるような描写があれば、それは作者の不誠実として責められることがあるかもしれない。NHK大河ドラマ主人公を「正しい人」として描きすぎることなどはもっと非難されていいと思う。『新選組!』で近藤を持ち上げるために伊東甲子太郎侮辱されたことなどは許しがたいと感じる。

また、ファンタジーであっても、その作品によって許容しうる荒唐無稽さのレベルというものはある。リアリティラインというやつ。ある部分はリアルなのにある部分は荒唐無稽であるようなリアリティのチグハグさもまた、作品論として批判対象にはなり得る。「異世界なのにジャガイモ」「異世界なのにシャワー」みたいな批判である。ただ、「異世界転生もの」というのは大抵「テキトーに転生させてくれる恣意的な神」の存在を前提としており、その神がそうあれと創った世界なんだからシャワーヘッドがあっても別にいいじゃんとも感じる。特に、『二度目の人生異世界で』はそもそも要求されるリアリティレベルが相当低いと言うべきである

作品政治的に正しくないこと

一番の問題はやはりこれだろう。確かに、「戦時中に数千人斬りました」なんて設定、どう考えても「百人斬り」を彷彿とさせずにはいられないわけである。「斬ったのは日中戦争下と限定されていない」という論もあるけれども、思い浮かべることまではどうやっても否定しようがない。まして大陸黒社会にいたなんて設定も付随しているので、これを見たら不快にはなるだろう。

個人的には、「政治的に正しくない」ことを以て作品自体抹殺されるべきではないと思うが、「政治的に正しくない」作品を無邪気にそのまま出版アニメ化しようとした出版社その他の無能非難したい。どうしても世に広めたいなら、ヴァーホーヴェンあたりを監督に据えてアニメ化するべきであった。

  • anond:20180606233126

    なんかアフィブログなんかで「あれは日中戦争とは明言されていない!」って一部の人が発狂してるけど、日本兵1人が大陸でが3700人殺そうと思ったら荒唐無稽さを差し引いても相手は中...

  • https://anond.hatelabo.jp/20180606233126

    フィクションの設定で何をしようが全然気にしないんだが、そんなところに一々文句付ける人がいるから普通に楽しんでる人が被害をうけるんだよ

記事への反応(ブックマークコメント)

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