2018-05-26

芸能人訃報を見てVtuberは全員合成音声でなければならないと思った。

朝食を摂りに一階まで降りてみたところ、いつものようにリビングテレビ意味もなく流れていた。

ニュースによれば、誰か有名な人が死んだらしかった。

よく聞いていなかったから誰が死んだのかは知らないし、仮によく聞いていても社会不適合者の私は誰だか分からないだろう。

例えば私は阿藤快が死んだというのは知っているが、それを知ったのは今月のことだ。しかTumblrで流れてきたからで、その偶然が無ければ私は阿藤快が死んだ事を向こう3年、いや5年知らなかったかもしれない。付け加えれば、阿藤快いかなる人物であるかについて私は何も知らない。失礼ながら、名前を少し入れ替えれば加藤愛とかいう人になるという系列のアレでしかお目にかかったことがないし、もっと言うとその加藤愛とかいうのが誰なのかについても勿論分からない。下の名前からして女性だろういう事はいくら私でも分かる。

まあ阿藤快のことはどうでもいいんだけど、さておき、Vtuberは全員合成音声でなければならないと思った。

想像してみて欲しい。何十年か後、我々がすっかりボケ老人と化して全国の介護施設ハルヒらきすたけいおんが延々流れている未来。「おじいちゃんチョココロネの頭がどっちなのかの話はもう見たでしょう」「チョココロネ……横から食うか……下から食うか……」「はいはい」なんて会話がお茶の間で繰り広げられる地獄のいつかにおいて、ある日突然キズナアイ中の人死ぬ

アナウンサーが伝える。電脳少女シロの中の人が死にました、電脳少女少女シロの中の人が死にました。死亡者の中に日本人がいました。業界人コメントする。「月ノ美兎の中の人は当時のVtuber界において非常に貢献をした人物で……」我々老人達はその訃報に、一瞬だけふっと脳内電流が走り正気を取り戻し、樋口楓、ああ若かりし頃に追っていたアイドルだった、そう思いながら涙を流す。でも頭がボケいるから実はそれも30回目の事だったりする。

このまま誰も何もしないのなら、これがVtuberに待っている未来だ。だけど良いのか。お前それでいいのか?私の中のブロントさんがそう告げる。

お前らVtuber電脳少女だ。死んではいけない。老いてもいけない。老いるのも死ぬのも人間がする事だ。有機生命体であり定命の者である我々がする事だ。こんな哀しい業を背負うのは我々人間だけで良い。代わりにお前らは何十年経とうと何百年経とうと電子の海を漂っていなければならない──インターネットか、あるいは何らかの電磁的記憶媒体がそこに存在する限り。そして保存された動画の中でしか動かない「死んだ」存在ではなく、誰一人見ていなくとも永遠に自律的に動き続ける存在として。そう、私がかつて管理人だったサイトで未だに喋り続けている人工無脳のように。

中の人は死んではいけない。とりあえず中の人は死んではいけない。というか、そもそも中の人なんて存在してはいけない。中の人などいない。

Vtuber中の人がいるべきではない」というのは相当数のVtuberファンの楽しみ方を否定するような思想だろうし、実際私も1人のVtuberファンとして中の人はいた方が楽しいと思っている。しかしながら、キズナアイ代表されるように、もしあるVtuberが「私AIですよ」という路線を執ったのなら、彼か彼女かに中の人がいてはならない。中の人はいつか死ぬからだ。中の人初代が存命だろうと死んでいようと秘伝のタレの如く人材を継ぎ足し継ぎ足しして別人に切り替えても誰にも分からないようにしなければならない。永久に回り続けるシステムにしなければならない。Vtuberは全ての属人性剥奪されその存在を維持するためだけに人間集団使役するマザーコンピュータに成り果てる。いつか本物の人工知能が出来るまで。

これを実現するのに何が必要か。

とりあえず肉声があってはいけない。

Vtuberの声はナマモノであってはいけない。

ナマモノの声はいつか老い、あるいは死に、代替が効かなくなり、それは同時にVirtualにして永劫不滅であるはずのアバターの死をも意味するからだ。

声の死を回避するために声真似を利用するという手は、なくもない。たしかに声真似が得意な人間、というより、出せる声幅の広い人間というのはいるし、特に山寺宏一水橋かおりみたいな人間練習されたら概ね常人には区別がつかなくなるだろうし、「水橋かおり半年かけて練習したキズナアイと本物のキズナアイ、どっちがお高い方でしょう!」なんてクイズを出されたら自信を持って正解出来る人間ほとんど居ないだろう。いやギャラがお高いのは水橋かおりの方なんだが。そして何故水橋かおりの話をしてるかって言えば私は水橋かおりくらいしか声優名前を知らないからなんだが。ヘィ!ルゥク!リッスン!あと裏名義はやめろ。誰とは言わないけど裏名義はやめろ。裏名義は良くない。裏名義は良くないぞ。話が逸れた。

いずれにしても声真似というのは極めて限られた専門的技術者にだけ為せる事であり、出来る人間の数は限られている。それに、声質が特徴的な一部のVtuberは本人以外誰にも出せない声を発しているという事もあるだろう。話し方やトーク問題だってある。どうモノマネを試みても僅かに違いが出たりして、そして我々人間はその塵のような違いにさえ敏感だから、「キャラクターの声がイメージと違う」と思ってしまった瞬間に「中の人が死んで交代しているのでは?」と疑わざるを得なくなる。先天的に首が締まっていたりするのもVirtualの世界ではにはよくあることだし今年のエイプリルフールにアレはキズナアイではないとすぐに気付いた人間殆どのはずだ。あとコラボおめでとう。

他にも芸風の問題とか趣味方向性とか知識量とか課題は山積みだけれども、とりあえず「生声でやっている」という事実ただそれ一つを以てすら、我々は必ず何十年か後に「微糖カイジ中の人が死にました」という話を聞かざるを得なくなる。あるいは数年もしない内に、中の人が誰か交通事故死ぬかもしれない。いや微糖カイジについては中の人より先に微糖カイジが死んだんだけど。

生声Vtuber未来永劫にVirtualな電子生命体ではないのだ。それがなんとなく今朝思ったこと。誰も読みやしない、誰かの日記。のらきゃっとやげんげんみたいな存在Vtuberとしては一番正しいのかもしれない。私はちゆ12歳様を応援しています

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