2018-03-01

長く付き合った彼女と別れた

先日、彼女と話していて、なにかの折に結婚を申し込んだ。電話大事なことを軽く言うのもどうかと思うけれど、つい口を突いたのだった。

彼女は困ったようにう~んと唸り、ぽつぽつと話し始めた。別の男性から結婚を申し込まれたこと。そいつが僕の友達だということ。色々な将来のことを考えると、あなたと居るのは不安を感じてしまうということ。でもあなたのことは間違いなく好きだということ。

素直に、そっかあと思った。実のところ、結婚を申し込んでおきながら、僕はその生活を真面目に想像したことがなかった。彼女一年ほど暮らしたけれど、生活が整頓されているとは言えなかった。僕は大学留年していて、彼女社会人だった。僕は好き放題飲み歩き(飲み放題歩き好きだった)、彼女は厳しい職場で帰りが遅かった。

彼女暮らしていなかったら、今も大学生をやっていることは間違いない。僕はそのことを一生かかっても返せないような恩に感じている。今もそうだし、この先もそうだろうと思う。彼女はずっと最愛の恩人だ。

一方で、彼女は僕の素行を少なから心配していた。心配というよりも、その点に関しては若干引かれていたし、諦められてもいたと思う。心のどこかで、この人と平穏無事な家庭を築くのは無理だろうと思っていたはずだ。彼女にとっての区切りは、僕が大学卒業したことだったと聞いた。僕が東京に引っ越すことになり、最後の朝に彼女新幹線ホームで泣いた。僕はそれを寂しさだと思ったけれど、彼女にとっては最後区切りの涙だった。

彼女結婚を申し込んだ男のことも、輪をかけて複雑だった。彼のことを僕はとても尊敬している。誰にでも頼られる、世話好きのお人好しで、怒ると怖いのだ。そう、怒ると怖いというのが一番尊敬しているところだ。人は誰かに嫌悪感を持ったり、苛ついたりする。大抵の場合、そこには大義名分はない。なんとなく嫌いだし、なんとなくムカつくし、そういう気持ち大勢には支持されないから、仲間内悪口を言ったり、茶化したりして溜飲を下げる。その点、彼は怒るとき、本当に怒る。なぜ怒っているかを明確にして、それを正さない人に正直にぶつけて、なお直らないようなら完膚なきまでに言いくるめる。そういう怒り方をできる人なのだ。僕は彼が人として大好きだ。たまに彼に怒られたいと思うくらい、好きなのだ

彼女心配することの一つは、彼から結婚を申し込まれたことを僕が知ったら、彼と僕の仲が悪くなるかもしれない、といったことだった。話を聞いた瞬間は、僕は友人と恋人を同時に失うのだと思って、黒い稲妻自分の一生涯を照らしたように感じた。それと同時に、すべてが冗談なような気もした。人のいい彼が、そんなことを言うだろうか。どうしても気になって、夜中も3分の2が過ぎた頃に彼に電話を掛けてしまった。もちろん、出なかった。

からコールバックは、翌朝だった。真面目な話が僕は苦手だ。真面目に話すことが苦手なのだ真剣な話をするのに、どうして眉をしかめなくちゃいけないのか分からない。真剣な態度じゃなきゃ伝わらないことなんて、この世になくていい。あるいは、伝わらないならそれでいい。だからおちゃらけて話すことにした。

しばらく話していると、彼の彼女に対する想いは、真剣なのだと伝わってきた。十分おちゃらけに付き合ってもらった。彼は僕に嫉妬することさえあったらしい。そうだろうな、としか思わなかった。僕に言えることなんか、せいぜい彼氏の座にあぐらをかいてすまなかった、ということぐらいだ。彼女についての僕の想いがどれだけ強いものなのか、そんなことを誰かに証明する必要があるなんて思っていなかったから、面食らってしまった。ただ彼の話を聞いて、聞いただけだった。

僕は彼のように怒れない。人の彼女勝手にそんなことを打ち明けといて、こちらには黙っているとは筋が通らないじゃないか、とか。僕と彼女応援する気持ちがありながら、それでも彼女が好きなんて理屈が通じるのか、とか。幾らでも怒ることはできたと思うけど、怒ってどうなるのだろう。誰が得するのか考えたけれど、僕も彼女も彼も、誰も幸せにならなかった。それでもそのとき、僕は少なからず怒りたかった。誰かれ構わず、殴りたかった。

それから彼女とまた電話して、別れることになった。彼女は、これまで僕と遊びに行った場所ひとつひとつ挙げて、鮮やかに話した。あれは楽しかった、あれは辛かった。色々な話をしたけれど、僕が思い出として記憶しているのは、半分くらいのようだった。思い出せなくて、悲しくなった。その時々で、たしか楽しい瞬間があったはずなのに、彼女のように語れない。こんなに好きなのに、何一つ言葉が浮かんでこないし、怒ることもできない。自分は情のない人間なのだろうか、と思って寂しくなった。

彼女は、今後も僕を好きでいてくれる。形を変えた「好き」だけど、僕はそれがとても嬉しい。距離感にはそのうち慣れるだろう。忘れるのは得意なのだから。彼も、たぶん友達でいてくれるんじゃないかなと思ってはいるが、僕はどうしたらいいのか分からなくなる。彼女たちとの付き合い方を探って、寂しさを掘り当てたら、それが最後なのかなと感じている。

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