2018-02-25

pythonって一貫性なさすぎじゃない?

いや、実用的で素晴らしい言語だと思うよ。

でもさ、なんか一貫性が無いように感じるんだよね。

まず、言語の大半の部分がオブジェクト指向言語っぽいデザインになってるのに、listの要素数を測る手段len()って*関数*なのはどうなの?

(しか略語って...)

a = [1, 2, 3]
len(a)  # 3

他にもあるよ! pythonくんのアレな所

俺は、sortとsortedって言う命名からこの挙動をまったく予測できなかった。

  • 破壊的変更をする list.sort()
a = [1, 3, 2]
a.sort()  # None
a  # [1, 2, 3]
sorted([1, 3, 2])  # [1, 2, 3]

しかもsortedにdictを渡すとkeyがlistに変換されてソートされて返ってくる。

コードリーダビティに関する本を開けば、どの本にだって「良い名前選択する」ことの重要性が書かれていると思う。

「sort()が破壊的で、sorted()が非破壊的、sorted()にdictを渡すとkeyのlistがソートされて返ってくる」これって良い命名なのかな?

pythonくんってこう言う所あるよね

配列の要素を文字列連結

", ".join(['1', '2', '4', '8', '16'])  # "1, 2, 4, 8, 16"

えーっ、join()のレシーバー区切り文字って…引くわー

しかも、これに対する「文字列リテラル (文字列定数) のメソッドを使うのは*醜すぎる*」という意見に対しての公式の返答が、これってのも凄い。

かにそうかも知れませんが*文字列リテラルは単なる固定された値に過ぎないというのが答えです。文字列に束縛された名前メソッドが許されるなら、リテラルに使えないようにする論理的理由はないでしょう。

https://docs.python.jp/3/faq/design.html#why-is-join-a-string-method-instead-of-a-list-or-tuple-method

The Zen of Pythonで「醜いより美しい方がいい」って言ってましたやん。

そもそもリテラルかどうかに関係なくstrインスタンスにこのメソッドがある事がおかしいと思った。

なんでpythonくんって一貫性ないの? pythonくん「歴史です」

pythonmap関数として実装されている。(まただよ...)

list(map(lambda x: x*x, [1, 2, 3]))  # [1, 4, 9]

なんでメソッドにしなかったの? って質問に対して公式がこう答えてる。

主な理由歴史です。複数の型に対しての総称的な操作で、対象オブジェクトメソッドを全く持っていなかった (例えば、タプル) としても働くよう意図したもの関数は使われました。

(中略)

個々のケースについては粗探しのしようがありますが、Python の一部であるし、根本的な変更をするには遅すぎます

https://docs.python.jp/3/faq/design.html#why-does-python-use-methods-for-some-functionality-e-g-list-index-but-functions-for-other-e-g-len-list

うわー、信じられねぇ…

歴史的経緯があるから一貫性が無いのは仕方ないみたいなこの感じ。

これが設計思想に「醜いより美しい方がいい」を掲げるpython実装なんだねぇ…

pythonくんの良い所

散々pythonの事を悪く言ったけど、おれ実はpythonくんの良い所もいっぱい知ってるんだ。

pythonくんの良い所:

ライブラリが超充実してる!
インデントコードブロック表現する文法クール!
PEP8という規約であるべきコードフォーマットを明示したのが良いよね。
Cythonで高速化楽ちん!
namespaceが使いやすい! デコレーター便利!

美しくない、それゆえに強いプログラミング言語python

The Zen of PythonPython設計思想が色々書いてある。

「醜いより美しいほうがいい」という指針があることはさっき紹介した通りだ。

pythonがそれを体現してるとは、僕にはどうも思えない。

でもThe Zen of Pythonには「Although practicality beats purity.(実用性を求めると純粋さが失われることがある。)」とも書いてある。

pythonはこの設計思想を他の言語には無い高いレベル体現してるとは思う。

pythonは、

節操に色々取り入れた上で、「tupleからメソッドはやせないから、map関数にする」とか、メチャクチャ方法でそれらを統合した言語だ。

だが、そういう言語からこそ、pythonで書いたコードを育てていく中で様々なパラダイムへとシームレスに変化させていく事ができる。

そういう「不純であるがゆえに柔軟性を持ったプログラミング言語pythonだと思う。

ruby純粋性はすごいよ。イカれたくらい徹底されたオブジェクト指向

BaseObjectをrootとする継承のツリーの中に世界のすべてが収まっている。

haskell純粋性も凄い。「代入が無い」プログラミング言語に初めてであった時の衝撃。

でも、そういう純粋性をかなぐり捨てたpythonにはタブーが無い。

不純で醜い、それゆえに強い言語python.

から僕はrubyとの思い出を反芻し、haskellに焦がれながら、明日pythonを選び、書いていく。

  • もう、pythonは後戻りできないレベルであらゆる分野に使われているから、 pythonを使い続けることは正しい。

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