2017-12-26

はあちゅうさんに批判が届かない理由、あるいは彼女のいう「表現の自由」とは何か

ミクロマクロを決定するとか下位構造が上位構造を決定するとかそういう意味合いでの「個々人の表現社会的ジェンダーバイアスを補強していくのであり、氏の言動はその意味において不適切」というのがはあちゅうさんを強く批判している人々の意見だと認識している。

でも、それって最終的には「『自分表現社会に与える影響を考えろ』というかたちの批判単純化されてしまう」というのが今回の問題に関する面倒なところなのかなということを感じた。でまあ、それって「社会的影響の是非はともあれ発言自由のもの表現の自由によって守られるべき」という反論と真っ向からぶつかり合うんですよね。どちらの意見も、どちらの主張を覆すことができない。覆すことができない以上、それのどちらの立場をとるのかというのは政治信条問題になる。

更に言ってしまえば、「社会的影響」の是非って白黒のはっきりしない灰色レイヤーに属する問題であり、明確な黒であるところのパワハラセクハラとは異なる。いや、ふざけんなって思う気持ちはわかるよ? わかるんだけど、現実問題不特定多数に向けられた言葉不快に思うかどうかって、個人感性に依ってしまうわけですよ。残念ながら。個人的には嫌いな表現ではあるが「被害が大きいか小さいか」に還元させられてしまう。それを許容するかどうかも、個人感性、もう少し表現を変えると、「政治信条問題」にしかならないんだ、というのが現実なんじゃねえの、という。

勿論、性的被害を受けた人間性的表現に気を遣わないというのは現実問題ダブスタですよ。どうしようもないダブスタ。でも、ここに「清廉潔白人間でないと声をあげてはいけないのか」という問題が加わると、また話はかわってくる。「政治信条として【性的表現に対して厳格な人間】でないと、セクハラパワハラ被害告発被害があったという声をあげてはいけないのか」という話になる。そんなわけないんですよね。被害者が黙る理由はない。政治信条被害の有無は関係ない。これはまともな人間なら誰しもが思っていることですよ。はあちゅう氏が言ってる「表現の自由」という話は、こういうことなんじゃないかなって。

彼女は一貫して「自分が受けた被害」と「声をあげづらい被害者」に関して言及しているのであり、「セクハラパワハラを生み出している社会構造ジェンダー構造」に対しては一切言及していない(彼女に対してそんなに興味がないし今回の問題での彼女発言を全部追うほどの興味もないので全部の発言を観直してないから間違えてたら言ってくれ)。で、彼女にとってはそれを邪魔する=自分を叩く人間は「表現の自由侵害しようとする人間」=「自分発言を黙らせようとする人間」にしかみえないわけだ。

ここまで考えて、この文章を書いている増田は、まあ今回の一件に関してはあちゅう氏を叩くのはやめようと言う結論にいたった。個人的にすっげえ不快だし正直視界に入ってほしくもないんだけど、たしかにこういった論理の中では、彼女表現の自由範囲活動しているので、「おまえの発言不快」以上の批判が難しい。仮に問題になるとすれば、それは彼女政治信条踏み込むとき=「個人個人被害を超えた社会的セクハラパワハラ構造問題言及しはじめて、それを正すべきという主張をはじめたとき」なんじゃないかなと思う。

万が一彼女全面的擁護者にはなりたくないので一応言っておきますが、はあちゅうさんの童貞発言はつまらないと思ってます

  • anond:20171226205803

    だからその不快みたいな、自分の言動への単なる批判を表現の自由問題にすり替えてるだけでしょ 自分の主張を受け入れて運動にも賛同してくれて、あと著書も買ってくれることとイコ...

  • anond:20171226205803

    お疲れさまです。表現の自由はそうですね。 ただ彼女みたいなフォロワーが大きなアカウントが童貞へのヘイトスピーチするのは問題だと思うので私は彼女を行き遅れって叩こうと思い...

  • anond:20171226205803

    深くうなずきながら読んだ。特に第二段落。 この「不快なことを言うな」と「言いたいことを言って何が悪い」の綱引きというか押し問答が現状だと思うのだけれど、彼女の場合、不...

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