2017-12-17

うんちを漏らした日

行きつけの店で会話と食事を楽しんだのち、友人たちと別れひとり乗り込んだ横須賀線にて違和感が生じた。


毎週土曜の習慣であるアニメ鑑賞を終え、日で染まったオレンジを隙間から覗かせる轟々とした雲の下を歩き、私は最寄駅に着いた。これから友人たちに会いに行くのだ。

数ヶ月に一度、大学時代の友人と定期的に会っている。場所は友人が昨年見つけた居酒屋。彼らと集まるときは必ずそこだった。

駅に着いた私は改札前の人だかりの隙間に小さなホワイトボードがあることを認めた。

鶴見川崎間でトラブル発生。復旧は17:00頃を予定。」

イヤホンを外すと、京急線にて振替輸送が行われていると駅員の案内が聞こえた。

現在時刻は16:56。ホワイトボードの復旧予定時刻が17:30に書き換えられるのを見届けた私は京急線ホームへ向かった。


私と同じように流れてきた人たちにもみくちゃにされながら、京急線品川まで到着した。ここから横須賀線に乗り換え、30分ほどで目的である

しかし、発車した横須賀線はほどなくして止まった。アナウンスを聞くと、今度は人身事故の影響で遅延が発生しているらしい。東京駅から折り返し運転電車もあるため、身動きが取れない状態となっているとのこと。

ついていないな、などと思いながら待つこと15分、ようやく動き始めた電車新橋についた。

先の理由から電車新橋にも留まるであろうことは想像していたので、私は電車を降りて汐留口に向かった。


私はタクシーを引き留め、目的地を告げた。現在時刻は18:27。待ち合わせの時間はすでに過ぎていた。予期せぬ出費は痛手ではあったが、いつまで待つのかわからない状況で人ごみに押しつぶされているのは耐え難いものだった。

鉄の棺桶と化した電車内で、目的地まではタクシー20分¥2,400程度と調べておいた。タクシーに乗り20分。イルミネーションで彩られた道のりはまだ続いていた。結局かかった時間は35分ほどで、つくづくついていないな、と思いながら調べた金額さらに¥1,000ほどを支払った。


すでに出来上がっていた友人たちに合流し、他愛ない話で代えがたい時間を過ごした。

横須賀線のシートに座したとき下腹部違和感が生じた。

出そうだ。

そのときは耐えうる痛みに感じた。過去何十回と耐えてきた痛み。今回も大丈夫だろう。

念のためと思い新橋で降車し、ホームからエスカレーターを昇りきり、青と赤の人型を見つけた次の瞬間にそれは起きた。

そのときの私はいたって冷静であった。今は個室に入りさえすればいい。それだけだった。

長い廊下を歩き、たどり着いた。

個室は空いていた。人もいなかった。ズボンと下着を脱ぎ、中を検めた。

うんちを漏らしていた。

うんちを漏らしたのは初めてだった。

自分がうんちを漏らしたと理解したのも初めてだった。

私は下着に留まるそれを流し、ケツを拭いた紙を流し、ズボンに付着したそれを拭きとった紙を流した。

私は冷静であった。

異臭を放つ下着も流したかったが、紙で何重にも何重にも巻き、懐にしまい込んだ。

私は冷静であった。

手を洗いトイレを出て丁寧に包装した小包をゴミ箱にぶち込んだ。

私は冷静であった。


私は京浜東北線に乗っていた。ダイヤは復旧していたが、いつも以上の人がいた。やはりトラブルの影響は免れないようだった。

私はこのときになって初めて、自分がうんちを漏らしたことに対し恐怖を感じた。

もし異臭が残っていたら。もし誰かが気づいてしまったら。もしもう一度うんちを漏らしてしまったら。

ズボンの染みはコートの丈が隠してくれているが、ふとした拍子に他人の肩が当たったり目が合ってしまったときにひどく狼狽した。

しかし、私がうんちを漏らしたことを知る人はこの電車内に誰もおらず、また、私がうんちを漏らしたことを知る由もないのだと思うと、愉快でもあった。

忘年会を心行くまで楽しんだ大学生たちも、休日のこの時間帰宅する年配のサラリーマンも、これから夜の街に消えていくであろう男女も、誰も知らないである


私は誰もいない暗い部屋に帰宅した。暖房をつけっぱなしにしていたようだが、うんちを漏らした私を温かく迎えてくれるのはありがたかった。

シャワーを浴び入念に体を洗っていくが、どれだけ洗っても落ちなかった。

何度も水で流し、洗い、跡が残っていないことを確認しても、落ちなかった。

それは、汚れが"穢れ"となった瞬間だった。

私の体は、もはや私の体ではなくなってしまっていた。


今日はついていない一日だったなと思いながら、私はうんちの染みがついたズボンゴミ箱に捨てた。

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