何故かっていうと、同じ部活に入っていた友人と、いつも冬場の電線に並んでコロコロしてる雀みたいにいちゃいちゃしていたからである。その姿が異常だとかいう事で、ある男子(仮にA男とする)が私に「レズ子」とあだ名をつけた。
けど友人の方はレズだという中傷はされず、攻撃されていたのはもっぱら私だった。友人はめちゃめちゃ腕っぷしが強くて男子でも殆どの子が敵わなかったから、弱い私だけが狙われていたのかもしれない。
しかし私は弱かったしA男はやたら執拗だったが、それでイジメを受ける事にはならなかった。
というのも私本人がレズ子と言われる事を気にしていなかったし、友人も「A男はしつけーな」位の感想しか懐いていなかったし、他の生徒達もだから何なんだって感じで、いくらA男が私を罵りまくり皆を煽動しようとしても、誰もノッて来なかったのだ。
別にイジメの全く無い清らかな環境ではなかったのだが、それはイジメのネタになる様なものではなかったらしい。
私が思うに、当時レズビアンやレズビアン的なもののイメージが良かったからなのではないかと思う。主に宝塚とセーラーウラヌス・ネプチューンのおかげで。
ま、そもそも女同士で冬の雀みたいに距離感ゼロで群れている光景なぞ、珍しくもなんともないのだ。
もしあの頃、保毛尾田保毛男みたいな、ヘンテコなレズビアンっぽいキャラクターが笑っていい者としてテレビに登場していたら、状況は違ったのかもしれないなぁ。
などという事を考えていてふと思ったのだけれども、保毛尾田保毛男って私も昔テレビで見てたが、あのキャラ本人は飄々として超然としており、どんな好奇や嘲りの目で見られていようがゴーイングマイウエイで生きている、一種の強かさのあるキャラクターなのだな。
強かだから、どこまで叩いたら折れるのかっていう好奇心でもって人々は保毛尾田に残酷な視線を向けていたのではないか。
しかし保毛尾田は柳に風とばかりに受け流す。
その姿は、あの頃執拗にA男から絡まれていた私にも通ずるものがある。
A男の私への攻撃は日増しに酷くなる一方だったが、最悪の事態にならなかったのは、幸運だったかもしれない。ブラウン管の向こう側の存在の保毛尾田は撲れないが、生身の私の事はやろうと思えばおもいっきりブッ飛ばす事が出来た筈だ。A男のなけなしの良心や自制心によって私は無傷でいられただけだ。
と、遠い昔の中学時代に思いを馳せたのは、保毛尾田復活騒動がきっかけではなくて、うちの娘の友人B子ちゃんのお母さんの一言のためなのだった。
B子ちゃんはうちの娘の事が熱烈に好きで、どれくらい好きなのかっていうと、ノー娘ノーライフ、それくらいに好きなのだとB子ちゃん本人談。
娘とB子ちゃんは、かつての私と親友の様に、電線の上で身を寄せる雀の様にコロコロといちゃついている。
そんな様子を見ながら、B子ちゃんのお母さんは言ったのである。
「あらぬ方向へ進まないといいんだけど」
そんな事が気になるのか。
別にいいじゃねーかあらぬ方だろうがなんだろうが。
しかし私の中学時代、いっくら私と親友がいちゃこらしていたって、同級生の多くは私達をあらぬ方向へ行っているなどとは言わなかったし、むしろ女子ってそんなもん、くらいの受け止めかたしかしていなかったのに、今は、「あらぬ方向」か。
単にB子ちゃんのお母さんが気にしすぎなだけかもしれないが。
なんだかなー。