先日の、夕方に降り出した急な雨の中、向こうからランドセルを傘代わりに頭に載せた小学生の女の子が歩いてきた。
わたしなんか会社においてあった傘を使っても裾も袖がびしょびしょになる程の雨だ。
ランドセルなんかを頭に載せたくらいではもうすっかりずぶ濡れである。
わたしの家まではあと少し。どうせここまで濡れたのだからあとは雨の中を走り抜いてもたかが知れている。
こんな薄暗い路地で傘を貸してあげようなどと声をかけようものなら防犯ブザー待ったなしである。
しかし、やはりあの子をびしょびしょのままにしておくには忍びない。
そうだ。と思い、わたしはそそくさと傘を畳んで少女が歩いてくる前に立てかけた。
「あー。おじさん、もう家が近いからこの傘を捨てよう。これは捨てた傘だから誰がどうしようと自由だ。」
雨が地面に叩きつけられる音に負けないよう、彼女の耳に届くようなはっきりとした口調で言うと、突然の出来事に彼女は目を丸くしながらも、恐る恐る傘を手に取った。
その姿にほっとしてわたしは早々にその場所を離れようとすると、思いがけずに少女は「待って」と私を呼び止めた。
わたしはそれを聞こえないふりで立ち去ろうとする。捨てた傘は、拾った人間の自由だ。
しかし、背後からは再度彼女の「待って!」という言葉と駆け寄ってくるような足音が響いた。
あぁ、わたしは彼女を誤解していた。もっと素直に渡すべきだったのだ。
そう思って振り返ろうとするわたしの尻に、突如電撃が走った。
「不法投棄許すまじ!」
まさに雨を切るような少女の神スイングによって振り下ろされた傘が、わたしの尻のラインに沿ってひしゃげていくのがわかった。
「害悪がえらそうに道を歩くな」
そういってわたしの尻を蹴り込むと、倒れ込んでいくわたしをよそにくるりと振り返って少女は去っていった。
なにこれスゴイ。こんな世界初めて。