2017-09-05

伝統好きと伝統ぎらい

伝統伝統とはやし立てる一方、伝統距離を置きたがる人は大勢いる


さてこれを正確に音読できる人はどのくらいいるのだろう

天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス



ちはやふる」と書いて「ちはやぶる」と音読できる人にはたわいもないことだろう

同様に


テンノウハシンセイニシテオカスベカラズ



である。「オカスカラス」などと読んではいけない


では歴女大人気の伊達家塵芥集を引用してみる

けんくわ・こうろんにより人をきる事ハ,ておいおほきかたのりうんたるへし。たゝしておい・しにんおほくとも,かゝり候ハヽ,かゝりてのをつとたるへき也


喧嘩口論で人を斬った場合、怪我人が多い方の言い分を優越させなさい。ただし、怪我人や死人が多くても最初に手を出した場合にはそちらの罪である




戦国時代は怪我人や死人が多数出るほどの「喧嘩」「口論」が絶えなかったので、大名がこういった法を出さざるを得なかったわけだ

喧嘩」「口論」といっても現代感覚では理解できない規模だったと想像できる

戦乱に明け暮れていた大名が、地元喧嘩口論仲裁に頭を抱えていたとか、あれこれ想像するのもまた一興ではないか



伝統嫌いのあなた食わず嫌いもったいない

伝統アクセスできる力をつけて伝統を大いに語ろう

  

追記



塵芥集のケースでは喧嘩両成敗の原則はとられていないが、今川国内場合は以下の通り

喧嘩に及輩、不論理非、両方共に可行死罪也、将又あひて取かくるといふと

も、令堪忍、剰被疵にをいてハ、事ハ非儀たりといふとも、当座をんひんの

はたらき、理運たるへき也、兼又与力の輩、そのしはいにをいて疵をかうふ

り、又は死するとも、不可及沙汰のよし、先年定了、次喧嘩人の成敗、当座

その身一人所罪たる上、妻子家内等にかかるへからす、但しはいより落行跡

においてハ、妻子其咎かかるへき歟、雖然死罪迄ハあるべからさるか


喧嘩に及ぶ輩は理非を論ぜず両方ともに死罪を行うべきなり、さてまたあえて

取りかかるというとも、堪忍せしめ、あまつさえ疵こうむるにおいては事は非儀たり

というとも、当座穏便のはたらき、利運たるべきなり、かねてまた与力の輩、その支配において疵をこうむり、

または死するとも、沙汰に及ぶべからざるのよし、先年定めおわんぬ、次に喧嘩人の成敗、当座その身一人所罪たる上、

妻子・家内などにかかるべからず、ただしはいより落行跡においては、妻子その咎かかるべきか、しかりといえども死罪まではあるべからざるか


喧嘩に及んだ者は「理非を論ぜず」、つまり正当か否かにかかわらず双方死罪である



同じ戦国大名でも、喧嘩に対する裁判に臨む姿勢が異なることがわかる

これで戦国時代知識は飛躍的に深まるはず


伝統情報強者に君もなろう

記事への反応(ブックマークコメント)

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん