2017-08-31

https://anond.hatelabo.jp/20170831190316

神の僕の定義は「自分の理性の外のもの抽象的に扱うツール

たとえば、山の木を伐採しまくったとする。今でこそ科学検証の積み重ねで、木の根の保水作業や、土壌保持能力が失ったと言われてるが、昔はそんなのわからない。

から山の神」というのを仮定して「それの意にそぐわないことをしたから怒った。木を大切にしないとならない。」という流れ。

対人関係も悪行ばかりしたことも、細かく分ければ、それぞれの個人が怒ったり、噂が流れて助けられるものが助けられなかったりで、

その結果、なにか不幸なことが起きたとして、「天罰」すなわち、神が罰を下した。と抽象的に取り扱うがゆえの存在

ニュートン近代科学の祖と言われるが、神学者でもあり「神が作ったこの世の理を明らかにする」という動機付けで行われている。

そして、科学検証が行われて行って、科学検証が馴染むようなもの科学の手に委ねてきた。しかし、要因が多く絡む要素。再現が苦手な要素については科学は苦手とする。

科学で立証しづらく立証されてないものはどうなるか?とすると、たとえば、根拠に基づく医療エビデンスレベルで、

エビデンスレベル分類 Level 内容

1a ランダム比較試験メタアナリシス

1b 少なくとも一つのランダム比較試験(RCT)

2a ランダム割付を伴わない同時コントロールを伴うコホート研究(前向き研究、prospective study, concurrent cohort studyなど

2b ランダム割付を伴わない過去コントロールを伴うコホート研究(historical cohort study, retrospective cohort studyなど)

3 症例対照研究(ケースコントロール, 後ろ向き研究

4 処置前後比較などの前後比較対照群を伴わない研究

5 症例報告、ケースシリーズ

6 専門家個人意見専門家委員会報告を含む)

の6、つまり、その道に詳しい人の意見となる。

その道に詳しい人というのは昔の聖人と呼ばれる人。

西洋イスラム圏だとみんなアブラハム宗教で、その聖人たち。

東洋だと、儒教仏教

特に幸福論とか、どういう生き方がよいかなんてのは科学に馴染まんから、まだ宗教担当なだけ。

と言っても、儒教仏教開祖こと、孔子ブッダは「怪物乱心を語らず(孔子)」「毒矢の例え(ブッダ)」で挙げられるようにこの世に在らざるものに非常にドライ

ただ、儒教仏教がもともと「わからんものを取り扱うための手法」「先祖礼拝」の道教ジャイナ教神道と混ざって、この世に在らざるものを取り扱うようになった。

まあ、日本においてはGHQ道徳関連がみんな教育から消え去ったのもあったのが一回りしての新興宗教ブームだとは思うね。

本来あん新興宗教に頼らなくても、良い生き方はそれ以前の書籍には数多く取り扱われてる。

と言ってもどうせ孔子もブッタもこの世にはいないんだ。今その教えを伝えてるという人も書籍によらざるをえないから、宗教団体に属する必要性はないね

それでも[自分が信じないものは信じないでいい」という前提で色々書籍で読んでみるのは良いと思う。

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