2017-07-15

信頼の話

百合が好きだ。百合本質とは何か? それは信頼関係である

異性であれば本能相手を求める。本能動物的なもので、「真実」ではあるが「真理」ではない。「あなたがいないと生きていくことができない」という愛の表明には程遠い、人間しからぬ反知性的な要素がどうしても混入してしまう。

百合にはこれがない。真実ではなく真理で、本能である性欲を越え(女性女性に性欲を抱く場合が多いのかもしれず二次元でも主流はそれだが)、「あなたがいなければ生きることができない」「あなたのために生きたい」という、理知的好意であるところの「愛情」による「契約」「契り」こそが美しいのである

時には男女の恋愛より尊く見えるのは、この「理性的愛情による契約」こそが現実的にはとても稀少性が高く、必然的に純度が高いものであるという理由に基づく。物語で描くのにも、男女が自然であり女性同士は本能的に不自然であるという点を越えるためのパワーが要るために、それを為していない百合モノはたいがいウソであると思ってしまう。

して、この「契約」、あなたを置いて突然いなくなったりしないという約束をわざわざ指輪で以て「結婚」としたりする文化もあるほど大事ものである信頼関係がない愛情は、真実であるかもしれないが真理を捉えたものにはなれない。

自分は21歳であり、LGBTなんかは当人同士が幸せであるならいい、誰かが誰かと一緒に居続けるという真理に基づいた契約制限することなど誰ができようと思うのだが、こういった考え方は風潮として身近な友人やツイッター世論などでもよく感じる。走りや発信者百合野獣先輩かもしれないが、それ以上に「誰かと信頼しあいたい」という欲求が、他の世代に比べてとくべつ強いのだろうと思うことが多い。

昔はインターネットなどなく、話をするなら面と向かってが普通だっただろう。これは普通に羨ましいと思う。社会スピード許容範囲世界へ抱けた夢の数、築けた信頼関係はより人間的なものだったのだろうなという想像が用意に浮かぶ。

いまは加速しすぎた。機械化が進み、コミュニケーション情報の速度も人間には到底扱いきれないものを感じる。理不尽な「出来て当たり前」が普通世界で、しかし出来なくて当たり前である自分たちは、これからどうしたらいいのかなんてわからない。社会にも大人にも信頼できる要素なんてないし、マスコミはよくないと一目でわかるし、それに騙される大人たちも信頼できるものではない。

自分たちは、自己実現よりも先に安定を求める。それは時間とか余裕のある給料とか信頼できる上司とかではなくて、深めていけば「信頼できるもの」と一括りにできると思う。自分を置いて勝手にどこかへ行ってしまわないもの本能精神論のような「真実」ではなくて、「あなたがいないと生きていくことができない」という「真理」に基づいた「契約」。こう言うと差別的と捉えられるかもしれないが、後天的LGBTは恵まれ信頼関係を持てなかったあぶれ者たちが行き着いた不自然契約ひとつだと思ってしまう。ただ、それは普通と違った形であっても、より美しく尊く罰されないべきものであるとも思う。

いまの大人が作る社会は、自分たちから見れば行き遅れたちのイス取りゲームしか見えない。そのイスは自分たちのぶんまで決して余ることはなく、30年経って自分たちがその世代になっても、きっと同じことを下の世代に繰り返すだろうとぼんやり察している。誰かが「ロスト・ジェネレーション」をもじって「シフトジェネレーション」と現代20代以下を指していたが、価値観の劇的な変化のなかで、最も大変な変化し始めを担う世代であるとしていたが、格好良くもあるが割を食えない世代でもあると思う。

いまや社会は、自分たちに真理の指輪を与えてくれはしない。だからこそ信頼関係をよそに求め、オタクというマイノリティ層さえもマジョリティ化して共通記号ひとつとされてしまった。バンドアイドルは神ではあるが自己実現の糧ではなく、物語投資することで自己実現委託するという歪つな信頼関係に変質した。そしてそれは更に加速している。

心が参る。㍄。安倍政権支持率が急落しつつもネットでは偏向報道情弱B層のせいだとしているが、それが真理であるかもわからない。自分たちは、ウソウソと見抜けなければ掲示板は使えない、すべてをすべからく疑うことが必要だと言われ続けたことで、逆に何も信頼できなくなってしまったと強く感じる。かつてない情報の氾濫と他者との分断。さながら情報の海に囚われた孤島。

からこそ僕らは叫ぶのである。「5000兆円欲しい!」と(それが貨幣経済における信頼関係根本的に破壊するものであると知っていても)。

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