2017/06/26
付き合った後に知った。
彼女達にタバコをやめるよう求められる事は少なくなかった。しかし俺のことが好きな人だ。
俺はパートナーの意見を取り入れず、俺のことが好きであれば俺の行い全て肯定すべきという思考であった。
慢心に満ちていてタバコもやめず、自堕落に甘えた生活を送っていた。
あの時の俺に言って叱ってやりたい。
俺がタバコをやめたのは、かつて俺のことが好きだった彼女たちが俺と別れた後である。
特定のパートナーがいない期間を2年ほど過ごし、その間に禁煙をし現在継続している。
といっても、まだまだ半年が過ぎた所で次にいつタバコに手を出すかなんてわからない。
ただ、小学校の頃からタバコの害について学び、タバコのパッケージに書かれている注意書きを読み、理解し、度合いによるが遅かれ早かれ少なからず体に影響があるモノに、金銭を支払いタバコを吸うのか考えると、今のところタバコを吸うことは無いだろう。
タバコを吸う場面というモノを自分でキリトリ、自己満足に浸るためにタバコを吸うことはやめた。
今後、辛い別れがあっても、悲しいことがあっても、永遠に続く退屈が訪れてもタバコを吸う選択は無いだろう。
わかっていたのに、吸っていた。自分は特別な人間で、タバコを吸っていようがカッコいいしタバコを吸う事でさらにかっこいいと思っていた。
かっこいいが具体的に何かなんて、中身のないおれには考える必要はなかった。ただかっこいいと思って吸っていた。
だんだんそれが変化して、タバコを吸ってかっこよくならなかったとしても、俺自身がかっこいいからタバコくらい吸っても評価を下げるに値しないという根拠もないイメージを作っていた。
自分を評価するのは自分ではない。自分の周りにいる他人である。その事に気付きもしなかったし、他人に評価なんてされたくなかった。
他人に評価されたくない気持ちを持ちつつ、自分は他人を評価する。
嫌な事を避け、逃げて逃げて得意な事を伸ばそうともせず、できる範囲で現状維持。
そろそろつけが回ってきたようだ。
話を最初に戻すが、俺が今好きな人は、過去に一度別れてまた付き合う事になった人である。
お互い離れている間に色々あった。相手と年は4つ離れている。
以前交際していた方々とは違い、この子は禁煙を応援してくれていた。少なからず俺の性格を理解していて、応援という形で俺をサポートしてくれていた。
彼女と愛し合った後、彼女はベランダに向かいタバコに火をつけた。
俺は枕に顔を向けながら目をつぶった。