当時からゲームが大好きだった自分にしてみれば他の芸能人や有名人なんかより本当に輝いて見える存在だった。
家には昼間から飲んだくれている父親が麻雀ゲームをしたいがためだけに買ったファミコンが置いてあった。
当然他のゲームなんて買ってもらえるわけもなく自分の小遣いでも到底手が届くようなものでもなかった。
おもちゃ屋に並ぶファミコンカセットそのものでさえ宝石のように輝いて見えていて、しかもそれを自在にプレイする名人はまさに神の如きオーラをまとっているかさえのように見えていた。
テレビ自体も家では禁止されていたために、学校帰りに本屋で雑誌を立ち読みしては彼のゲーム攻略を目を皿のようにして見入っていた。
そうして妄想の世界で名人と肩を並べては、有りもしないゲーム攻略を語り合う時間がゲームの出来ない僕にとって一番に楽しい時間だった。
当時の自分にとってのゲームとは、そうして紙の上にある情報を想像だけでつなぎ合わせながら楽しむものだった。
少ない小遣いを握りしめて、かろうじて手が届いたのがその頃に連載されていた高橋名人物語のコミックだった。
親が離婚して母の親元に引き取られたのち新しい生活に馴染めない自分にとって、高橋名人物語を読んでいる間は唯一の救いだった。
今でこそ下品な内容だが、名人が幼少期にうんこをちぎっては投げるシーンを見ているだけで、何もかもを忘れて笑うことが出来た。
何をちっぽけな常識に捕らわれて悩んでいるんだ。その気になればなんでもできる。
まるで自分にそう言い聞かすかのような名人からの応援に思えていたのだろう。田舎特有の冷たい視線にされされては、僕は心の中でうんこを投げた。
中学を出て働き始めた自分にとって、ゲームは縁遠い存在になってしまった。
街に出て一人暮らしをはじめた頃、ゲーム攻略雑誌の編集部に面接にいった事もあったが、実際のゲームプレイ経験がほとんどない自分が採用されるわけはなかった。
数年前のこと、当時拾ってもらえていたパチンコ店在籍中に出向いたアミューズメント向け展示会に彼は来ていた。
とはいってもステージの上にゲストとして出演していたとかではない。
ゲームとは全く無関係なブースで、アイドル写真集の売り子をしていたのだ。
高橋名人に気づく人さえわずかで、彼の周りにはほとんどといっていいほど誰もいなかった。
そんな状況に戸惑いつつも恐る恐る近づいていくと、そこに立っているのは紛れもなく高橋名人だった。
あまりの嬉しさと緊張で声が上ずってしまったことを記憶している。
「高橋名人ですよね?子供の頃からの憧れでした。とくに高橋名人物語が大好きで、何度も何度も読んでました。」
そういって握手を求めると、彼からは全く想定していなかった反応が返ってきた。
軽く鼻で笑いながらやや面倒くさそうに握手に応じると、一言「あぁ、君もその口か。」とだけ返してきた。
正直何のことかわからなかった。
なぜ彼がここでアイドル写真集の売り子をしているのかもわからなかったし、なぜ彼がそんなことを言ったのかもわからなかった。
なんとか「応援しています。」とだけ返すのが精一杯で、言いながら何を応援すればいいのかもわからなかった。
すでに30歳を過ぎ、それなりに大人になったつもりでいたが、その一言は怒りや悲しみといった感情よりもただショックでしかなかった。
帰ってから調べると色々あったことだけはわかった。でも、だからといってあんまりだ。僕は心の中で彼に向かってうんこを投げることでこの出来事を乗り越えようとした。
それまで別格のように憧れていた存在だった彼は、一転して最も忌むべき存在になってしまった。
それから数年して、彼がしくじり先生に出るという話を耳に挟んだ。
それはどうしても見る気になれなかったが、翌日、彼のブログが各所から流れ込んできた。
番組は見ていないけど話題になるってことは何かしでかしたのだろう。
そんな程度のつもりで軽く読み飛ばすくらいなら見てもいいかと思い、開いた。
それでやっとあの時の彼の言葉の謎が解けた。
それまでは、落ちぶれた自分を見られたくない気持ちの裏返し程度に思っていた。
でも違った。彼は苦しんでいたのだ。
独り歩きする自分の姿と、独り歩きした自分にあこがれていく子供たちに嘘をつき続けなくてはならないことに。
まさに自分がそうだということに気がついた。
僕が憧れていたのは、他でもなく独り歩きしていた彼だ。
彼のあの一言は、そうして騙された子供たちを幻想から解放するための一言だったのだろう。
そして彼にしてみれば、そんな呪いから逃れるための言葉だったに違いない。
その証拠に、今や彼に対する憧れは自分の中から一切取り除かれてしまったのだから。
だからあえて言わせてほしい。
あの時を乗り越えて今の自分があるのは、高橋名人のおかげに他ならないと言うことを。
高橋名人の真実… http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20170530/enn1705300700009-n1.htm そもそも、ゲームメーカー「ハドソン」の宣伝部の一社員にすぎなかった高橋名人は、 ファミコン...