学生のテストでいい点を取ったら「がんばったね」って褒められなかっただろうか?
「がんばったね」という言葉は、褒め言葉として非常によく使われる。
がんばったってのは、努力を褒める言葉だと思うが、いい加減努力だけを褒めるのはやめないか?
人生でも結果がすべてなわけで、
かの偉い人が「成果=考え方×熱意×能力」といったが、
努力(熱意)だけあっても成果は出ない。
考え方か能力が0なら成果は0になるわけだ。
それを努力こそが美徳のような考えがはびこっているのは、ちょっとおかしな気がする。
例えば、ブラック企業にずっと残っている人間 ※このブラック企業とは激務薄給の様な企業を指す。
「責任感が強い」とか、「周りのためにがんばっている」とか、よくわからないことを言い出す。
欠陥のある組織に属しても、メリットはない。その判断ができないまたは行動ができない無能なだけだ。
ことだ。
しかし『適切な目標設定をして、最適な方法で』という考えが、まるまる抜けている。
浜辺で走っても、いいタイムは出せない。
そういうことだ。
こういうやつはどう言っても批判する