でもどうしても素直な気持ちで治療に臨む事は最後まで出来なかった。
ホルモン漬けで浮腫む身体、卵胞の育ち具合によって指示される診察日にうんざりして再開してはしばらく休みを繰り返し本気で治療に臨む人であふれる待合室で自分だけが浮いている気がした。
何より不妊治療をしている自分が恥ずかしくて情けなくて。治療をして妊娠できても、治療をして産んだという雑音が一生私を苦しめる事は容易に想像できたし、事ある毎に雑音は大音量となりその度にその音を鎮める処理をする面倒は子供を持つ喜びで掻き消される気がしなかった。
なんとなく始めたギャンブルで負けた様な気持ち。もう死にたかった。
これでもうわかった様な気がした。
もう、これ、終わり。
傷付いた心身が通常運転し始めるのに1年位かかった。
アマンダセイフライドにはなれないしイルカと海で暮らす事は出来ないし、私に子供は出来ないし、死んだおじいちゃんにはもう会えない。それと同じこと。
そう思えたら子供は出来ないけど、他の出来ないと思えてた事が子供が出来ない事に比べたら本当は簡単な事かもしれないなんて思えた。
今は少しでも知っている人が子供を連れていたら自分の子の様に可愛いがっている。本当に本当に可愛い。もうそれで幸せだ。誰かが子供を連れているとウキウキしてニマニマしてしまう。幸せだ。