「これからお前が嫌いなグロ画像に映ってるアレみたいになるぞ」
と宣言している訳で
聞かされた方にとってみたら嫌がらせ以外の何物でもないわけよ
もちろんその写真が貼られることはないだろうけど、想像しちゃうじゃない?
だから「やめろ」って止めるんだよ
いま、次の仕事をしたいらしくて、そうすると、次の「世間」も別のものになる。
もうわがままについていけないので、ほうっておくけども。
「パパ活」はまったく興味がない。お金が欲しいわけではない。
「パパ活」に関心のある女性のほうが少ないと思うけど、
日本国民として、真っ当に生きたい。
だから、日本国の法律が定める国民の義務を全て知りたいと思った。
ところが、「国民の義務 一覧」でググってみたものの、一向にヒットしない。
誰か、一覧のありかを教えて欲しい。
憲法が定める国民の三大義務なんてキホンくらいは習ったからわかるんだよ!
そうこうしているうちに、法律が改正されて、知らない間に私に課せられる義務が生まれるんじゃないかと思うと
おちおち生活していられない。
「母親に結構な金が注ぎ込まれてる」(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626 )を書いた元増田です。
まずは予想をはるかに超えて、多くの方から温かいコメントをいただいたことに感謝したい。
こんなにブコメがつくとは思わなかったし、ついたとしても、もう少し甲論乙駁するブコメになるかとおもっていた。
「お金のことなど気にすることはない」という趣旨のコメントを多くいただいた。
本当にありがたいし、そういうコメントに対してこんな返し方をするのも失礼なのかもしれないが、
本心を言えば、多分、そういう言葉をくださる優しい方々が心配するほどには気にしていない。
ただ、やっぱり現実に「60万円」という金額を見ると驚かざるを得ないのは事実だし、
どちらかというと気にしているのは「俺らが後期高齢者になっても、これが続けられるのか?」ということなのだと思う。
その解決方法が、少子化対策なのか一億総活躍社会なのか、はたまた移民の受け入れなのか、難しいことはよく分からないが。
「きちんとQOLが保たれているから、ちゃんとしたお金の使われ方だ」「寝たきりに金を注ぎ込むのとは違う」という趣旨のコメントも散見された。
それはそうなのだが、ただ、では、どこで線を引くのかと言われると、それはそれで難しいのではないかと思う。
一度線を引いたら、その線の位置がだんだんずらされていくのではないか? という危惧もあるし。
母はガンの罹患前、「あたしは別にそんなに長生きしたいとも思わない。元気なうちにポックリいきたい」という趣旨のことをよく言っていたが、
逆にガンと戦い始めてから生への執着が強まったように見える。
多分「長生きなんてしなくていい」というのは健康が当たり前な人の贅沢なのであって、
実際、死を意識し始めると、すこしでもそのタイミングを先に延ばしたいと思うのが本能なのではないか?と、最近考えている。
「いつ死んでもかまわない」といっている人に、「じゃあ、あした死んでもらいますね」というと、大多数は「え? ちょ、ちょっと、もう一日待ってくれ」と言い出すのではないか。
で、「もう1日」が毎日続くのだろう。
自分の書いた増田がリツイートされて回ってくるというのも、初めて経験した。
そのなかで @natorom さんが「はてな匿名ダイアリー。抗がん剤加療中のstage 4の母親の話。医療費がメインのエントリーだけど、
現在の抗がん剤治療のリアル(副作用がないわけではないけど普通に生活は可能)が描かれている」
と、拙文を紹介してくださっていたので、この辺のことも触れておく。
母が抗がん剤治療を受けている、というと、患者のことなど考えない医者にやたらめったら薬を打たれ、
副作用でのた打ち回って悲惨きわまる闘病生活を送っているに違いないと勝手に思い込んで慰めてくれる人が、少なからずいる。
はっきりいって迷惑だ。
確かに、副作用がないわけではなく、特に新しい抗がん剤に切り替わった直後などは、食欲も落ち、夜中も何度もトイレにたって、
一日中ほとんど寝たきりになっていることもあるし、母がレディースアデランスの愛用者になっているのも事実だ。
初めての薬を投与して、一週間後の最初の検診までの期間は、当人も家族も緊張はする。
どの程度の副作用がでてくるのか、医者だって正確なところはわからないし。
薬を変えてはみたが、どうやら医者が当初想定したほど腫瘍マーカーが下がらなかったらしい、という局面にも遭遇した。
だからといって、その他の期間は、時に温泉旅行に出かける程度に回復するわけだし、勝手なイメージで同情されても困る。
そういう人に限って「自分が想像しているような、苦しそうな闘病生活」を送っているわけではない母をみると
今度は、「あら~、大変かと思ったら元気そうじゃない! よかったよかった! もうすっかり良くなられたのかしら!」などと、トンチンカンを言う。
「アタシだって、病気と闘っているのに・・・」という母の愚痴を聞くのは、こういう人とあった後だ。
確かに、今ほど抗がん剤が進歩する前は、いろいろと悲惨な状況もあったのかもしれないし、病状によっては、かなり大変な副作用を併発することもあるのかもしれない。
だが、別にがん患者がすべて、あなたの想像するような悲劇の中で生きているわけでもないし、だからといって病気の大変さがないというわけでもない。
おそらく大半の現場の医療関係者は、真摯に最善の治療法を(保険でまかなえる範囲で)考えているし、
製薬会社だって、別に人の命を食い物にして儲けることだけ考えているわけでもあるまい。
とりあえず、何十年前の知識で、抗がん剤批判を繰り広げて金儲けするのはやめろ、近藤誠。
(実際、母親世代には、まだまだ近藤誠信者と思しき人がいる。そういう人との付き合いは、なんとしても切るのが吉だ)
早期発見できた人は違うのかもしれないが、「ステージⅣで発見」という状況だと、「基本的に治ることはない」というのが、周りの人間にとっても難しいところだ。
(当人はもっと大変なのだろうが、自分は当人ではないので、本当のところは分からない)
普通の病気のように「頑張って、治しましょうね」という励まし方はあり得ない。
いかに上手に付き合っていくか、いかに現状を維持していけるか、というスタンスで付き合えないと、患者と家族双方にストレスがたまることになろう。
しかも「いつまで続くか分からない」「いつ悪い方向に進むかわからない」という不安を抱えながら、である。
この辺、バランスを取れなくなった人が、「奇跡の治療法!」とかに走るのだろう。
奇跡はめったに起きないから奇跡なのであって、その奇跡が自分には起こると考えてしまうのは「逃げ」だと思うけれど。
先日、とある観光名所にいったとき、「健康」とか「長寿」とか「家庭円満」などと書かれた名産品が売られていた。
ちょっと考えた上で「長寿」のヤツを、母の土産に買って帰った。本当の意味で「健康」を回復することがない人に、「健康」を祈願するグッズを渡しても白々しいからだ。
ちょっと迷ったが、母に「『健康』ってやつもあったんだけどさ、まあ、いまさら『健康』ってのは無理だから、『長寿』にしたよ」と言ってみた。
母は、「そうねえ、もうちょっと早く『健康』のヤツがほしかったけど仕方ないわよねえ」といって笑っていた。
ああ、この人は強いな、と思った。
60万超の治療費にたいして1万5000円という負担に関して。
これは、母が後期高齢者で、かつ、健康保険の仕組みにおいては、もっとも収入の少ないカテゴリに分類されているので、この金額になる。
もし、母がもっと若かったり、年金以外に収入があったり、夫(自分の父)が生きていて収入があったりしたら、もっと請求されている。
つまり、母は医療費の世界において「相対的貧困者」とされているおかげで、この程度の負担で済んでいるということだ。
ここで「でも、温泉旅行いったり、映画見に行ったりしてるんでしょ? もうちょっと払えるんじゃないの」とか
「息子、治療費全然だしてないのかよ。親子なんだから出させろよ」とか非難されたらと思うと、ぞっとする。
だが、どうやら世間は、子供の貧困に対しては、似たようなことを平気で言うようだ。
ぶっちゃけていえば、あと長くても10年は持たない老女よりも、この先何10年もこの国を支えていく若者のほうが、
ROIは確実に大きいと思うのだが、なぜこうなるのかは、考察に値すると思う。
そんなことより人生の最終地点にいきたり到着したいって極大な欲求を叶えるのに何を支払うつもりなの?
対価になりえるものがなにかあるんだったらちゃんとお支払いしていただきたいんだけど
命とか差し出されても価値はいくらか知らないけど支払いに能わないので
たとえば覚せい剤をキロ単位で売れば億になるからって支払いをしてもらっても
それなら億にしてからはらってくれよってそんな感じ
この美味さとコスパに気付いて以来、他の酒を飲むのが勿体なく感じる。
その相手の欠点を許せないのが最大の結婚への障害だって気づかないの?
結婚生活始めてから初めて知る相手の側面なんていくらでも出てくるんだぞ?
そのたびについて行けないとか言ってたら生活できるわけがない。
結婚式したいだけならお一人様でも結婚式できるから予約してこい、今そういうサービスしてるから。
結婚とは何があってもお互いが許し合い支え合うという約束の元に結ばれるものだから。
赤の他人同士が一つ屋根のしたで家族になるってそれほど固い誓いがあって初めて成立するんだよ。
何となく気に入った財布をゲットしたいならパパ活してろよ。
支援されたところで、ある金オタグッズにぶち込んじまうような「無能で頭の悪い貧困層」が
やりたいことやりたいだけやれるような社会を実現したいんなら。
どんどんジャブジャブ経済成長させて馬鹿でも無能でも生きていけるイージーモード社会にするしかないんだよ。
失われたオーバー20年でひたすら国民が縮小するパイを奪い合ってる状況下で、
その人はすごい細かい人でした。
私は割と素朴な人間で、人生は愉しければそれでいいじゃないと思っているんだけど、
その人は、あれもしなきゃいけない、これはこうでなくっちゃいけないって、細かい人でした。
お金とか世間体にすごくこだわる。そんな、世間が何をしてくれるっていうの?
でも音信不通になった後、しばらく待っていました。
どこかで元気でいてくれたらいいなとお祈りしてます。
できれば、元気な顔を見たいな。
元気で明るくやっててくれると嬉しい。
人として接することができるなら何も問題はないんじゃね?
死んだ方がマシって言えば、どんな成功者だって死んだ方がマシだよ。
人生どんなに成功したってどうせ最後には死んで無に帰るんだし、
「終わったら全部ボッシュート」ってゲームにいつまで付き合うんだって気にもなるよ。
けどまあ、「そうは言っても自分から死ぬのもどうにも気分が良くない。義理も欠くし・・・。皆なんだかんだで頑張ってるだし俺だって・・・」
「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」というのは、割と大きな命題で、そうそう答えを持ってる人なんておらんのよ。
万人が納得する生きる理由なんてものは、お釈迦様だろうがイエス様だろうが、地上でひねり出した人なんていないだろうよ。
そういう状態でどうにかこうにか騙し騙しやってる時に、「死んだ方がマシだから死にます」とか言い出す奴がでてきたら、
そりゃあ文句の一つも言いたくなるよ。
お前、それを言っちゃお終いだろって。
「死んだ方がマシ」って理屈が通るなら、そもそも生まれてくる事自体間違ってんだよ。
理屈に従ってちゃ生きてらんねえんだよ。
こっちも損を承知で生きてるんだから、一人だけお利口さんに楽になってんじゃねえよって、
「可哀相なんて言うな」と言っていいのは当人だけなのでは?
息子さんと親は別の人格を持った存在なのに、親が子供を「可哀相と言うな」と言うのもおかしいと思う。
「うちの子を可哀相なんて言うな」というのは毒親思考にもたやすく繋がる。
子供が『自発的に』『張り切って』『楽しそうに』やっているように見えても、
それが本当に本心かどうかは分からないよ。特に下のきょうだいの世話なんてのは。
子供のうちから自分の我が儘を抑え付けて良い子を演じなきゃならない子だっている。
上の子が下の子の為に「大人になって」良い子に振る舞う事を要求されるのは美談として消費するのはなんでだ。
高校生を子供扱いする前に年齢一桁の幼児をちゃんと子供として扱ってやれよ。
兄や姉は弟や妹の誕生に際し、何ら責任のない立場なのに。何故兄や姉というだけで尽す必要があるのか。
「僕が持つよ。お兄ちゃんだから」という台詞は一見美しいもののように見えるけど、
その役割を果たす事を自発的に買って出るその姿はまさに『可哀相』に思える。
「僕が持つよ。お兄ちゃんだから」の先に待っているのが、「障碍を持つきょうだいの為に福祉関係の仕事に就く」であったり、
「障碍を持つきょうだいの為に結婚を諦める」であったりする可能性を考えると、けして手放しで褒め称えていいものではないと思うのですが。
別にプロの芸人さんみたいな、トップクラスにおもしろおかしい人を
望んでいるわけではないですよ。
しばらくして、落ち着いたら、また出会いを探しに行こうかな。
出ないんじゃなくてコール音が鳴らない。
繋がりませんでした、と通話が切れる。
何度読み直しても番号をうちなおしても、
電話がならない。
何なのこいつ?
コール音が鳴らないってことは電話機が機能してないんじゃねーか。
なんでそんな使えない番号を書いてるんだよ。
馬鹿じゃねーの。
いや、収入はそんなに望んでなかった。
NEW GAME!第8話はロリ要員として涼風青葉と双璧を成す、桜ねねを中心に物語が進行する。
比較的序盤に、八神コウが冷蔵庫に入れておいたプリンをねねっちが食べてしまう事件が発生。
恐ろしいことに、この死ぬほどどうでもいい事案は最後の最後まで引っ張られ、尺の大部分はプリンの話なのだ。
あぁ、本作を途中から観始めた諸兄諸姉のために補足すると、この作品はデスマってるゲーム開発現場で過労死寸前のおっさんたちの幻覚を漫画・アニメ化したものである。
ゲーム会社でありながら、プリン消失に気づく心の余裕がある一点だけ見ても、完全にファンタジーであることがお分かりいただけるだろう。
今回のサブタイは『夏休みだぁああ!!』であり、無論おっさんたちの叶わぬ願望、魂の咆哮に過ぎない。
ちなみに登場人物たちが鋭意制作中のゲームは『フェアリーズ・ストーリー』というタイトル。
妖精さん(フェアリーズ)はおにゃの子たちだろうか、それともおっさんたち? いずれにしても本作は労基法の埒外に広がる幻想世界を舞台としており、妖精さんはきっと必ずいや間違いなくいるに違いない。
しかしながら、おっさんたちの妄想に終始しているというわけではなく、ときおり垣間見える現実が物語に奥行きを持たせており、日常系アニメに飽いたユーザーの視聴にも耐え得る作品だ。
例えば、冷蔵庫の中にレッドブルがチラ見えしたり、青葉とねねっちが土下座したり、寡黙なひふみん(今回は一言も喋らない)が失語症を発症した従業員のメタファーだったりと、ところどころにおっさんたちからのSOSが挟まれている。
エンターテイメント性を維持しながら、業界の窮状を訴える社会派アニメなのだ。